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エルフの家
次の日、迎えに来たフェリスと村長が話しているのを、少し離れた場所から見守っていた。
「お前、実験台になるんだろ」
耳打ちしてきた幼馴染が、私を見下ろしてニヤリと笑った。
「は?」
「大人たちが噂してるぜ。あのエルフ様は新薬を人間で試したいんだと。身寄りのないお前がちょうど良いってさ」
悔しいが否定できるだけの情報がない。
フェリスと対面したのだって昨日が初めてだ。信じて良いのかも正直分からない。
でも、こんなノンデリカシーな奴から離れられるなら、願ったりだ。
黙って顔を背けた私に、幼馴染は「フン!」と尊大なため息をつき去っていった。
冬が近いはずなのに、森の奥に行くほど緑が深くなり気温も上がっていく。
曇りがかったグレーの太陽ははちみつ色を帯び、寒さを脱いだ風も包みこむような優しさがある。
コートを脱ぎ気持ちよく歩いた先にたどり着いたのは、小さなログハウスだった。
お城みたいな家じゃないのが意外だ。
「どうぞ。少し狭いですかね」
「いえ、落ち着きます」
「それは良かった」
二人暮らしがちょうど、のサイズ感は気負わなくていいし、爽やかな木の匂いが充満しているのも気に入った。
「あの、私はなんのために呼ばれたんでしょう?」
玄関で立ち止まった私の手を取り、「ここにいるために」とフェリスは呟いた。
「だから、ここで何をすればいいですか。家事は一通りできますよ」
「言葉通り『ここにいてもらえればいい』のです。身の回りのことは精霊たちが済ませてくれますから」
「お手伝いできることはないんですか」
フェリスは困ったように首を傾げた……気がする。
やっぱり感情がよみづらくて、異種族なんだと実感していたら、手を繋いだまま窓際に案内された。
「昨日チリが気にしていた図書室は、庭の向こうにある小屋です」
「え、大きい。図書館じゃないですか」
「薬室も兼ねてますので。蔵書は少ないですよ」
とりあえず、図書室で過ごすのが私の日課になりそうだけど、それで良いのか不安だ。
じゃなきゃなんのメリットがあって私を娶ると言い出したのか分からない。
「本当に私は何もしなくていいんですか。例えばその、治験とかは?」
「治験……飲んでみますか」
「え!?」
「とても苦いですが」
とぷん。そばの棚から取り出したフラスコの中で、青汁を煮詰めたように濁った深緑の液体が揺れる。
「なんの薬ですか」
「私と同じくらい寿命が伸びます。ほぼ不老不死ですね。ちなみに治験ではないので確実に効果が出ます。いきなり数千年を生きろと言われても困るでしょう。ですから覚悟ができたらで構いませんよ」
「それは――確かに心の準備に時間がかかりそうですね」
慄く私がおかしかったのか、フェリスに微笑まれた気がする。
わずかな差だけど、愛情を感じる笑顔だ。
私を娶り、生涯を共にするつもりだと納得するくらいには。
「なんで私なんですか」
「あなたでないといけなかった」
謎かけみたいな答えに、今度は私が首を傾げた。
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