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「がっこ?……俺いくつに見えてんのよ、お姉さん」
「二十代前半とかじゃないの?大学生かと思ったんだけど」
若く見られるのが嫌な人間もいるにはいるが、二十代前半という言い方をされて腹が立つ人間はそういないだろう。実質、これはお世辞でもなんでもなくまごうことなき本音である。
「一応、社会人。二十四歳」
彼は少し呆れた様子で言う。
「大学生がこの時期に引っ越しはしないでしょ、フツウ」
「……まあ、そうだよね」
「仕事するのにちょうどいい家探してて、ここなら五月蝿くなさそうだからいいかなって思っただけ。一応コンビニのバイトもしてるけど、そうじゃない日は家で本業してるから」
「本業?」
予感がした。もちろん、家でやる仕事なんて今のご時世様々なものがあるとは知っているが、それでも。
「作家、とか?」
五月蝿くなさそうな環境を求めている。その言葉で、なんとなくピンときたのだ。
動画実況者などなら、こんな音が響きそうなアパートは選ばないだろうというのもある。
「ああ、まあ一応」
彼はあっさり頷いた。ハンドルネームは多分教えてくれないんだろうな、とその煮え切らない反応から察する。誰だって、リアバレは慎重にいきたいものだ。
藍子ももちろん、己のハンドルネームは簡単に人にバラしたくないタイプである。だから、なんとなく言った。本当に、なんとなく。
「じゃあ……私がなりたい職業に、もうついてる人か」
「え」
「ワナビってやつだから。……羨ましい。私はほとんど一次落ちで、頑張っても二次落ちの人だから」
心の奥底に、黒い感情が沸き上がってくる。業者が303号室に、“六条”というネームプレートを設置しているのを見た。彼は六条さん、というらしい。
「あ、えっと、その」
何故か彼は動揺したように視線をさ迷わせて、それから思い切ったように言ったのだった。
「さ、さっきは邪魔とか言って、すんません。ちょっとやつあたりした。俺、303号室に引っ越してくる、六条帝ってやつ、です」
「ん。いいよ、気にしてない。私、302号室の三木藍子。テレワークが多いから家にいること多いけど、五月蝿くしないように気を付ける。ちょっとテレビの音が聞こえる勘弁してね、ここ壁薄いから」
「あ、はあ……」
なんだろう、急に態度が変わったような。なんというか、妙にそわそわしているような。
藍子は首を傾げつつも、とりあえずそのまま部屋に戻ることにしたのだった。
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