<26・イッショニ。>

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 藍子が入れてくれたお茶は、大分冷めてきている。コップを握りしめたまま、えみなは呻くように言った。 「だから、松平先生が……クリオネの連載を薦めてくれた時、不安だったけど受けることにしたの。……馬鹿なことしたって、すぐに気づいたわよ。だって、書きたいネタとかもう尽きてて、だからアルテナに手を出したってのに」 「それで、次はテレポートブロックを流用した、と」 「そうよ。……でも、子供の時のテレポートブロックの話は、設定と序盤の話しか書いてなかった。……いくつもの世界を巡るって設定なのに、序盤のいくつかの世界の話を書いたらもう……あたしには、次がなかったのよ」  ここからは、今の自分でネタを考えなければいけない。わかっていたのに、“次”に転移する世界のネタが思いつかず、それでも迫ってくる締め切りに焦って話の引き延ばしに走った。  結果、テレポートブロックの評価はみるみる落ちて、しまいには松平先生のごり押しだ、贔屓だと叩かれるようになる始末。さらには、もともとこのネタは誰かのパクりや盗作で、だから続かなかったのではなんて言ってくる者も現れた。実際、痛いところだらけのえみなからすれば恐怖以外の何者でもない。 「……ごめん、藍子。あたし、馬鹿なことしたわ。自分で考えて、愛した物語じゃなきゃ続かない。そして、プロとしてやっていくならもっと覚悟が必要だったのに、結局人気出そうと変な方向に迷走して、子供の頃の世界まで滅茶苦茶にした。外に出たらマンションの前で張ってる担当さんにまた叱られそうで、そう思ったら家の外に出るのも怖くなっちゃって……」 「えみな……」 「どうすればいいの、どうすれば。もうわかんない、どうすれば、いいの……」  こんな風に、助けを求める資格なんてない。でも今は、プライドよりも悔しさよりも、誰かに縋りたくて仕方なかった。  そして、それができる相手は、己が裏切ったはずの彼女しかありえなくて。 「……もういっかい、最初から始めようよ、えみな」  藍子は、恨み事を言わなかった。  そっとえみなの手を握って告げたのである。 「私も手伝うよ。……夢をもう一回、追いかけ直してみよう。今度こそ、一緒に」
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