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そう思えば、悪いことばかりではなかったことだろう。
どんな辛い経験だとしても、自分達が望むならちゃんと血肉になって育っていくのだ。此処から先、どのように己の世界を刻んでいくのか、選ぶべきは自分なのだから。
「まあ、俺の方の作業も一区切りついたし。なんなら、俺からも何かお祝いしてやろうか。美味いもの、なんでも奢ってやる」
「おお、太っ腹。私が大食いなのわかってて言ってる?」
「こっちはまともに印税入るくらい売れてんだよ、馬鹿にすんな」
「相変わらず口悪いんだからー」
でも、そうだな、と藍子は思う。
えみなのことだけではない。ずっと、もう一つ自分の中で考え続けていたことがあるのだ。小説のことでもなく、自分自身のことでもなく、目の前のこの人のことで。
彼に対して、とても感謝している。でも、今はそれだけではなくて。
「……じゃあ、半年後。菊書房ホラー・ミステリー小説大賞で一次結果発表があるじゃないですか。無事応募できて、その一次で……私の名前があったら。その時、お祝いしてもらえます?」
今の自分の実力なら、まだ一次も安定して突破できる段階でないと知っている。
でも彼に力を分けてもらって作ったあの物語なら、ひょっとしたら奇跡を起こせるかもしれないとも思うのだ。
「その時。……私も、お話したいことがあるんで」
負けても、折れても、裏切られても、傷ついても。
生きている限り、自分達は自分達の物語を続けられる。夢も、愛も、欲張っていい。諦めなきゃいけないものなんて、きっと何一つないのだ。
「……ふん」
帝は少しだけ、嬉しそうに笑って言ったのだった。
「じゃあ、半年後笑えるように……死ぬ気で頑張れよ?」
「もちろん!」
半年後。
上がる歓喜の声を、まだ自分達は知る由もない。
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