<3・ナマイキ。>

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「だろうよ」  むしろ、一時間も頑張ればオーバーヒートを起こしてしまいそうである。いや、仮に数時間書き続けられたとて、一日で一万文字も書ける気はまったくしないが。 「全然違う仕事とか、買い物とか、作業とか。そういうものをやりながら、スキマでやるとうまくいったりもする。ようは気分転換みたいなもんだ」  それに、と彼は空を見上げて呟く。 「執筆のヒントはどこにでも落ちてる。外に出るなり他の仕事するなりなんなりしてれば、そこからネタが降ってきたりするもんだ。あんたも、煮え詰まってるならとりあえず散歩でもしてみればいい」 「……うん」  煮え詰まっている。  確かに今の状況も、煮え詰まっていると言えなくもない。ネタが降ってこないというより、どうしても書く気になれないというのが正しいが。 『これはあたしの作品で、あたしの実力。それ以上あんたに言うことなんてないから』  油断するとすぐ、えみなのことを考えてしまう。  今自分が彼女を糾弾したら、嫉妬で叩いているように見えるのだろうか。残念ながら、嫉妬がゼロとも言い切れないのが悔しい。  彼女との仲を修復する方法はもうないのか。  そして自分はもう――新人賞を受賞してデビューが約束された彼女に、追いつくことはできないのだろうか。 「あの、六条さん」  こんなこと、彼に質問しても仕方ない。それでもつい、口にせずにはいられなかった。 「作家になるには、どうすればいいと思う?」  きっと、プロである彼にはいろんな人が同じような質問をするのだろう。小説家になるにはどうすればいいのか。受賞するには、書籍化されるには、そして本が売れるにはどうしたら。  そしてたくさん、たくさん困らせられてきたに違いないのだけれど。 「書け」  彼ははっきりと、藍子の目を見て言ったのだった。 「書け。夢が叶うまで書き続けろ。……何度負けても、勝てるまで挑戦する奴は、絶対に負けない」  なんともシンプルな。  だがしかし――紛れもない、絶対の陸打つには違いなかった。 「そっか」  ぎゅっとゴミ袋を握りしめながら、藍子は返す。 「そうだよね」  書けるだろうか、もう一度。暗い感情や、怒りや、悲しみや、いろんな絶望を振り切って。
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