<4・キョゼツ。>

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『そうだったかしら?そんな記憶、あたしのどこにもないんですけど?大体ね、中学生の時のしょうもない幻想にいつまで浸ってるのよ、馬鹿らしい。あんた、もう三十路なのにまーだまともに現実見えてないわけ』  はん、とえみなは鼻を鳴らした。心底馬鹿らしいとでも言うかのように。 『作家になりたいんじゃないの?だったわかってるわよね。同じ公募に挑む作家志望はぜーんぶライバル。あんたを蹴落としてのし上がろうとする敵ばっかりなの。一緒にプロになる?一緒に書籍化する?ちゃんちゃらおかしいわ。あたしとあんた、同じ夢を目指してる時点でライバルでしかなかったじゃない。あたしはとっくに気づいてたけど、あんたまだそんなことも理解できてなかったわけ?』 「そ、そんなこと……」 『ない、なんて言わせないわ。“秋山ライト文芸新人賞”だってそうだった。書籍化できるのは金賞、銀賞、銅賞、佳作のみ。最終候補に残っていた十作品のうち半分以上は、他のやつの作品に負けて落ちていく。最初の応募総数から考えれば、もっとよ。本当にごくわずかの人間しか生き残れない世界なのは明白でしょ。強いライバルがいればその分自分の椅子が減るのよ?そもそも受賞だって、フルに選出されるとは限らないわけだから』  それは、確かにその通りではある。  仮に最終候補にえみなと藍子の両方が選出されて、えみなが選ばれて藍子が落ちたら。藍子はえみなに椅子を奪われたように感じたかもしれない。きっと悔しい気持ちはあっただろう。おめでとう、と言いながらも拳を握りしめただろう。  でもそれは。それだけならきっと自分は、彼女の栄誉を心から祝福できたはずなのだ。だってずっと、近くでその苦労と努力を見続けてきたのだから。そして同じだけ、自分のことも励ましてくれていたのだから。 『あたしも思い知ったわ。あんたは敵。みんな敵。本当に上に行きたいなら……どんな手を使ってでも、勝ちあがっていくしかないってことをね』  友達なんて生ぬるいのよ、と。  彼女の言葉に、頭を殴られた気がした。 『これからも、あのノートのアイデアは全部あたしが貰うから。あんたが著作権だのなんだのと叫んでも通用しないのはわかってるわよね?だって、あのノートは全部あたしの手元にしかないんだもの。……悔しかったら、あたしより上に行ってみれば?いつまでも醜く嫉妬してんじゃないわよ、超迷惑。んじゃ』 「え、えみな!まってよえみな、ねえ!」  電話はそこで、切られてしまった。ずるずる、とその場に座り込む藍子。  何もかも、奪われていく。もう友達なんかではないというのか。同じものを志す、敵でしかないと。 「そんなのってないよ」  体に力が、入らない。 「そんなことってないよ……!」  いつになったら、この暗闇から抜け出すことができるのだろう。
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