<5・カチタイ。>

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『この世界で、負けたことがない人間なんかない。小説の世界でもそう、スポーツでもそう、仕事でもそう。敗北者は、一度負けただけで折れて永遠に地面に這いつくばっている。勝てる人間は負けなかった人間じゃない、勝てるまで挑んだ人間だ』  彼も、そうだというのか。 『サイコロを振って、六の目が最初に出る確率は四捨五入でおおよそ17%。つまり、一番最初に六の目を出せる奴は稀だ。ほぼラッキーパンチレベル。では問題だ。……サイコロを振る時間が無限に近くあるとして。“いつか”六の目が出る確率はどれくらいだ?』 「そ」  それは、と藍子ははっとした。  最初に六の目が出る確率が出るのは17%だとしても、いくらでも振り直せるのであれば――そこには、いくらでも数をかけることができるわけで。 『望んだ目が出るまでサイコロを振るのなら、その目が出る確率は“100%”だ。絶対に負けはない。何故なら、その目が出るまで振るのだから。極めて単純な問題、単純な計算。勿論人には寿命というリミットはあるが、それでも……確率を、限りなく100%に近づけることはできる。勝てるまで、挑むことをやめないのであれば。……で、あんたはどうなんだ?』  一度や二度、望んだ目が出なかっただけで諦める負け犬か、否か。 「わ、私、は……」  何故、帝がそのようなことを尋ねてくるのかわからなかった。ただの隣人で、たまたま電話の内容を聞いて同情したのだとしても、だ。  それでもこれだけは理解していた。多分自分は今、とても大事な岐路に立っている。夢も友も諦めるのか、あるいはここで歯を食いしばって踏ん張って、その両方を取り戻すために立ちあがるのか。  泣いて、這いつくばって、裏切られたと嘆いていても未来は変わらない。  ならばどれほど苦しくても悔しくても、這いずってでも光のある方に手を伸ばすしかないのではないか。 「私は、勝ちたい!」  勝ちたい、えみなに。  そして、弱っちい自分自身に。  気づけば立ち上がり、玄関の鍵を開けていた。そこに立っていた帝は想像以上にぐちゃぐちゃな藍子の姿に驚いた様子だったが、転がるように飛び出してきた藍子を抱きとめてくれた。さながら恋人のように。 「わかった」  彼は真っすぐ藍子を見つめて言ったのである。 「だったら俺が、あんたを勝たせてやる」
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