<7・イライラ。>

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 真正面の座席では、幼稚園くらいの男の子が座席の上で立膝をして窓の向こうを見ていた。両隣にいるのが両親だろう。お父さんが彼に注意をしながら、小さな靴を脱がしてあげている。戦隊ヒーローのキャラクターが描かれた靴が、ころん、と座席の下に転がった。それを隣のお母さんらしき女性が拾っている。  線路の本数が多いので、別の線路に泊まっている電車などもよく見える場所だった。きっと男の子にとっては楽しいのだろう。貨物車両を見つめて、あれ、あれ、と鈴が鳴るような可愛らしい声を上げている。 「美味しいもの食べると、元気が出るもんね」  なんだか微笑ましい気持ちになって頷く。 「シャトレーゼのプリンは美味しい、間違いない」 「だろ?それに……美味しいものを食べるってのは、創作にとっても役立つ。食事シーンが一切登場しない作品ってのは珍しいからな」 「確かに。キャラがご飯食べるシーンの参考になる、と思ったら贅沢も悪くないかも?贅沢っていっても、プリンくらいなら大したお金じゃないし。三個は多いと思うけど」 「うっせ。……ああ、そういえば」  帝はスマホを取り出した。低いバイブの音が聞こえていたので、多分メールでも来たのだろう。画面をチェックしながら声をかけてくる。 「三木サンは、どのジャンル書いてるって言ってたっけ。星河エミナに奪われたアイデアは、SFファンタジーみたいな話だったみたいだけど」  そういえば、それについてちゃんと話していなかったような気がする。  というか、帝に自分の話を見せたこともない。――そう思うと、なんだか急に恥ずかしくなってきてしまった。アドバイスを貰うならそのうち彼に作品を見て貰う必要はあるだろうが――しかし、あの桐原ミカに見せても恥ずかしくないほどのものを書けているかは怪しい。  秋山ライト文芸新人賞では、藍子の書いた作品は一次審査落ちだった。  特別審査員たちの目に触れるのは、多分最終候補に残った作品のみであるはず。ということは、自分が書いた作品を彼はまったく知らないはずだ。というか、まだハンドルネームも教えていなかったなと思い出す。  よく、藍子の実力もまったく知らずに、“勝たせてやる”なんて言う気になったものだ、彼は。もちろん、どれほど藍子の実力がダメダメだったとしても、アドバイス次第で成長できる可能性はなくもないのだろうが。 「ファンタジーも書くけど、一番力入れてるのは……ホラー、です。その、私、桐原ミカ先生に憧れて、秋山ライト文芸新人賞に応募したから。一次落ちだったけど。アルテミス、ってハンドルネームで……一次落ちではあったんですけど」 「悪い、読んでない。俺達の目に触れたのは最終審査に残った原稿だけだし」 「で、ですよね……」  やっぱりそうか、とがっくり肩を落とす藍子。ていうか敬語要らないって言っただろ、と額をつっついてくる帝。
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