<12・オジャマ。>

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 帝の人差し指が、つん、と藍子の額をつっついた。思ったより痛い。思わず額を抑えて呻く藍子。さすがに手厳しくないだろうか。 「面白いか面白くないかなんて、誰が決めるんだ?お前自身が面白い物語を書くのが大事であるけど、それはそれとして……書き上げた後で、面白くない点を修正したり追加したりしたっていんだぜ。ぐだついてるシーンをまるっとカットしてもいい。けどな、完結させないで放り投げたら、その物語はどこにも出せない、見せられない。面白いかどうかを、誰かに判定してもらうことさえできやしない」  それに、と彼は続ける。 「書き上げた作品が無駄になるから、無駄なことはしたくない……つって、ろくに書かないまま筆を折る馬鹿は多いんだ」 「ば、馬鹿って」 「プロとして今やってる奴らが、どんだけたくさん作品書いてきたと思ってる。お蔵入りもあるだろう。一次落ちもあるだろう。ランキングなんか掠りもせず、ろくに読まれないままネットで埋もれていく作品だってあるだろう。……そう言う作品をな。書いて無駄だった、意味なかったっていうのは作者が一番言っちゃいけない言葉なんだ。作者にとって、作品は自分の子供みたいなもんなんだぞ。己の子供を親が愛さなくて、誰が愛するってんだよ」 「う、うううう……」  耳が痛い、痛すぎる。額をさすりながら、言葉も出ない藍子である。 「長続きする最大のコツを教えてやる。それは“書いた作品は絶対無駄にならない”と信じることだ」  彼がスマホをしまうと同時に、“間もなく電車が参ります”とアナウンスがかかった。  まるで、夢から醒めていくような感覚を覚える。周囲の人たちが揃って上を見上げ、なんとなく線路の方へと視線を投げた。もうすぐ電車がやってくる。  電車に乗ってアパートまで帰れば、自分達の不思議な時間もここで終わりだ。 「完結させた物語は“絶対に”無駄じゃない。何故か。書き上げれば確実に自分の実力は上がっていくからだ」 「書いた分だけ、スキルになる?」 「そう。そして、自分は何十万文字を完結させたんだ、という自信にもなる。完結させなければ、いつまでもその経験値と自信は得られないで腐っていくだけだ。そうやって腐り果てた奴が挑戦もしないまま、挑戦して落選した人間を嘲笑う道化に成り下がる。挑戦しなかった人間が、挑戦して敗れた人間に勝ることなど何一つありはしないのにな」 「あ……」  そういう人を、確かにネットではよく見かけるものだ。  特定の作品が、賞を貰った。すると大抵、何でこんな面白くない作品が、とかなんでこんなくだらない作品が、と叩く人間が出るのである。  これが、同じ公募に応募して落選した人間ならばわからないわけではない。自分の作品がどうして受賞せずにこいつの作品が受賞するんだ、という嫉妬もあるだろう。己の作品の面白さに自信があれば尚更、落ちたことに納得がいかず、攻撃的になってしまうのも理解できなくはない。  しかし時に、“小説家志望”と言いつつ、応募もしていない、場合によってはそもそもろくに作品も書いていない奴が誹謗中傷しているケースがあるのだ。
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