<14・ミリョク。>

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 まず、最初に恵理子が現れた時、彼女がどんな女性でどのような見た目なのかをちゃんと説明している。襲撃者の姿を細かく観察する余裕などないだろうから、由梨も最低限の描写しかしないが――それでも“中年女性”で“余裕がなく目を血走らせている”とわかるだけで十分だ。思えば、最初の藍子の原稿では、恵理子が中年女性であるということさえ書き忘れていたように思う。藍子の頭にはあったので、すっかり失念していたのだ。  それに加えて、この前の段階で由梨を襲ってきたのが恵理子だったかもしれない、という予想。  恵理子のナイフの状態を示すことで、既に恵理子が人を殺している可能性が高いこを示唆。それにより、場の緊張感が大きく増しているのだ。 ――それだけじゃない。  ぎゅっと拳を握りしめる藍子。 ――このシーンだけでも……“由梨”への好感度が、全然違う。  由梨が恵理子に対して怯えて、逃げようとしていることは同じ。しかし、由梨が“殺されたくない”だけではなく“人を殺すような行為そのものを過ちだと考えていて、阻止したいと思っている”というのを付け加えた。  印象が、全然違う。  綺麗ごとを言う人間なんだと嫌悪感を抱くようになる読者もいるかもしれないが――少なくとも藍子は、由梨が“人間らしい常識や理性を持っている”と親近感を抱ける人間になったのではないかと感じている。  そう、普通の人間は、いきなり殺し合いをしろと言われたって納得がいかないものだ。殺さなきゃ殺される、だから誰彼問わず殺さなければ――というところまで至るには時間がかかる。その理性のストッパーが緩い人間もこの世にはいるが、少なくとも普通の女子高校生である由梨はそういうタイプではない。  少なくともこの段階の由梨は、生き残りたいと思いつつも“誰も殺さずに生き残る方法を模索したい”し、そのために大好きな幼馴染を探したいというのが優先事項の段階である。ならばそのあたり、読者に説得力を持たせることのできる描写、心の動きを表現しなければいけない。 ――それから、“栄太が助けにきてくれることをすぐ期待するような描写も変えた方がいい”か。……彼が助けに来るよりも前に、由梨が自力で試練を乗り越える場面を作った方がドラマが生まれる……ほんと、それは、確かに。  なんとも奥が深い。  そして、非常に難しい。  共感できるキャラクターづくり、魅力の描写、演出。  小説の世界は、ただ物語を表現するだけの媒体ではない。わかっていたつもりだったが、まだまだ自分の認識は浅かったらしい。 ――私は、小説家になりたい。  彼のメールにフラグをつけ、“重要”と書いたフォルダに移動させる。 ――そのためにもっともっと……キャラクターも、シナリオも、勉強していかなくちゃいけないんだ。正々堂々戦って、えみなに勝つために。
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