<15・イイコト。>

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<15・イイコト。>

「先輩、ちょっといいことでもありました?」 「え」  数日後。  会社に出勤したところで、佳奈に声をかけられた。昼休憩の時間。今日は会社の休憩スペースで、お弁当を広げているところである。といっても藍子の場合はお弁当は冷凍食品のチャーハンやシュウマイ、プチトマトなどをつめあわせただけのものだ。最近はそれさえも作る元気がなくて、適当にコンビニでパンを買っていたのだが。 「お弁当、久しぶりに作ってきたでしょ。……冷凍食品だけのおお弁当かよって馬鹿にする人いますけど、わたしはそうは思いません。毎朝起きて詰めるだけでも大変なんですから」  裏を返せば、と彼女は続ける。 「そういうことやれるのは、ある程度心に余裕がないと無理ってことです。その分早起きしなきゃいけないし。私も今日はコンビニ弁当ですしね」  佳奈の手元にあるのは、“がっつり大盛ハンバーグ弁当”である。どどーんとしたでっかい黒い容器に、なんと白いご飯と三つのハンバーグだけというなんとも茶色いお弁当だ。非常に脳筋な構成。しかしとても美味しそうではある。――佳奈のような、痩せた女性のどこにこの量が入るのかは甚だ疑問ではあるが。しかも横に、サラダとクリームパンまで用意している。凄い。 「それ、美味しそう。どこで買った?」 「ローソンです。わたし、コンビニ弁当買う時は日替わりでコンビニ自体を変えるんですよ。自宅近くにセブン、ローソン、ファミマが三つ揃っている贅沢な立地でして」 「それはすばらしい。どれも違った方向で美味しいよね、お弁当。私はペペロンチーノが好きなんだけど、ニオイ的な問題で会社に来る日は買えなくってさ」 「わかります。カレーとキムチ丼は本当は食べたいんですけどなかなか難しくって」  あはは、と笑い声が上がる。笑ったことに自分で気づいて少しだけ驚いた。  そういえば、最近笑う数が減っていた。特に、えみなに思い出の作品を奪われて、裏切られたと思ってから。お弁当や、美味しいもののことだってろくに考える余裕がなかったように思う。  実際、朝少し早く起きてお弁当を作る余裕があるのは――ある程度、元気がある時なのは間違いない。 「……やっぱ、私そんな暗い顔してたかな」 「はい」  私の言葉に、物事をはっきり言うタイプの後輩はきっぱりと頷いた。 「まるで、恋人に振られたみたいな顔してました。それも、失恋して“こんちくしょおおおおおおおおお!”ってやけ食いする元気もないくらい、本当の本当に好きな人に裏切られて落ち込みましたってカオ。……先輩、彼氏いなかったですよね?私の認識が間違ってなければ。だから、あくまでもののの例え、ではあるんですけど」  恋人に振られたみたいな。
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