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なんだか、妙に合点がいってしまった。勿論、藍子にとってえみなは恋人ではない。しかし、ある意味ではそこらの恋人以上に大事な存在であったのかもしれなかった。
同じ夢を追いかけ、その苦しみを分かち合える――いわば戦友のような存在。そんな人が、預けていた宝物を奪っていった形だ。そりゃあ落ち込みもするというものである。
「ちょっとした愚痴、聞いてくれる?……小説書いてる人間じゃないと、あんまりピンとこないかもだけど……」
繁忙期も過ぎているし、そろそろいいだろう。何より、佳奈が知りたがっているのが見て取れる。
藍子はぽつぽつと、自分の身に起きた話を語った。
中学からの幼馴染であり、同じ作家を目指す親友であるえみなの裏切り。
預けていた宝物とも言うべき作品を一人で勝手に応募したことに加えて、さらに他の共作のアイデアや作品も流用しているという事実。それに対して開き直られた上、まるで親の仇であるかのように冷たい言動をされたこと。
それで、次の小説さえもなかなか書けなくて、藻掻いていたこと。
それから――まさかアパートの隣に引っ越してきた人物が、憧れの作家先生だった、ということ。
「その作家さん……その、ハンドルネームはナイショにしてって言われてるからそっちは言えないんだけど。六条さんが、たまたま私とえみなの電話聞いててさ。それで、力になってくれるって言って。作品の書き方教えてくれたり、一緒に映画見に行ってくれたり、それ以外にもいろいろアドバイスくれたりして助かっているというか。まあ、以前文学賞で一次落ちした作品については、ものすごーく厳しい言葉でコテンパンにされたわけだけども……それもなんか、納得できる意見だった、というかなんというか……」
段々脈絡がなくなってくる。
思えば、ボロアパートの隣の部屋に憧れの作家が引っ越してきて、しかもその人が若くてイケメンだった――なんてどんな奇跡だろう。まるで少女漫画だ。しかも、その彼にご飯まで奢ってもらって、映画もつれていってもらったのである。正直、自分のような何の取り柄もない地味女にはもったいないくらいの御褒美をもらってしまっているような。
「……ふーん?」
すると。
「ふうううううううん?ほおおおおおおおおおおおおおん?むふうううううううううううううううううううううううううん?」
「……えっと、佳奈?それは一体どういう反応なのかなあ?」
頬杖をつき、目を三日月形にして、にやにやと笑い始めた佳奈。明らかに、何かをたくらんでいるような顔である。
「いやいやいや、わたしはとっても嬉しくってですねえ?」
彼女はむふふふふふ、と口に手を当てて、悪だくみをするドラえもんのような声を出す。
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