<15・イイコト。>

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「ついに、堅物の三木藍子サンにも春が来たのだなあと。ああ、素晴らしいですねえ、ドラマですねえ!アパートの隣に引っ越してきた若くてかっこいい人の正体は、実は憧れの大作家!ワナビのヒロインはその彼に、手取り足取り小説のテクニックを教わりながら、気づけばベッドの上のテクニックも学んでしまうわけですね……!お酒に酔って、ついつい体をゆだねてしまって、相性も良くてそのうちなし崩しでどんんどん深い関係に!イケないとわかっていても、気持ちは止められない。ああ、彼に好きな人はいないの?本当に私でいいの?そう思っていたら彼の部屋に美しい女性が訪れるのを見てしまい、ついに修羅場となって、あああああ二人の恋と夢の行方はいかに!?……てなわけですね!?」 「……佳奈が普段、どういう作品見てるのかわかったわ」  確かに、ティーンズラブではわりとありそうな展開である。というかしれっとベッドシーンまで入れてきたので、もっとアダルティなウェブトゥーン漫画のそれかもしれない。妄想逞しすぎやしないだろうか。 「私と六条さんは、そんなんじゃないから。大体、六条さんと私でどんだけ年の差あると思ってんの。……それから、立場の差も」  自分は、一次審査を突破することさえ稀なワナビ。作家のさの字も名乗れないような存在である。  それに対して彼は、今をときめく若手ホラー作家の桐原ミカ。月とすっぽん、どころの話ではない。 「六条さんもさ。……盗作されて、辛かったことがあるんだって。だから同情してくれたんだと思う。作家の……って私はまだ作家志望だけど。それでも物語を書く人間としての苦悩とか、そういうのは理解できるところがあるから。だから、見返してみろ、ってそう言ってくれたんじゃないかなって」  それから、と藍子は続ける。 「相手から作品を奪い取れとか、不正を暴いてやる、とかじゃなくて。実力で、正々堂々勝てる方法を探そうって言ってくれたのが好感持てたかなって。……そりゃ、えみなに対して怒りがないわけじゃないけど。私はあくまで、小説家になってえみなを見返してやりたいだけで……えみなを引きずり落としたいわけじゃないし」 「それは、別ってことですか」 「うん。だってさ。えみなが仮に盗作がバレて、立場を剥奪されても。私に実力がなかったら、そのポジションに収まることなんかできないじゃない?」  相手を負かす方法には、二つある。  一つはライバルを引きずり落として、自分よりも下へ叩き落して勝つ方法。  もう一つは、そのライバルよりも自分の力を高めて、より上に行くことで勝利する方法。  この二つを混同する人間は少なくない。しかし、仮に前者のやり方で相手を“ざまあみろ”と叩き落して嘲笑っても、今の自分の地位が向上するわけではないのだ。
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