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本当に欲しいものを手に入れるためには、相手を椅子から叩き落しても意味がない。自分に、その椅子に座るに相応しい実力がなければ、結局空いた椅子に別のもっと相応しい誰かが座るだけなのだ。
「まあ、そういうわけだから。……信頼できる人だとは思ってるけど、ただの同情だけで、私に気があるとかそんなんじゃないって!」
ぱく、とミニトマトを口に入れる藍子。
「もぐ、んぐ。……まあ、かっこいいとは思うけどね。そんな夢なんか見ない見ない」
「本当に?」
「うんうん、本当本当」
「ですか」
うーん、と少し困ったように笑う佳奈。なんだろう、その反応は。
「嘘言ってるとは思いませんけど……三木さん。私には、それだけには見えないんですよねえ」
いつの間にか、彼女のお弁当からはご飯が半分ほど消えている。食べる量も多ければ、スピードも凄い。こうやってお喋りしながらだと、通常は食べる速度は落ちるものだというのに。よく見れば、サラダももうなくなっているような。一体いつの間に食べたのやら。
「本当に三木さんは、その六条さん?に対して何とも思ってないんですか?相手の人がどうとかも大事ですけど、同じくらい三木さん自身が六条さんをどう思ってるのかも大事かなって。だって、ご飯奢ってくれて、映画見に行ってくれて、それってほぼデートじゃないですか」
それに、と彼女は続ける。
「本当に困って、どん底まで落ち込んだ時。……手を差し伸べてくれた人の存在がどれほど貴いか。よく言うじゃないですか、土砂降りの雨の中ただ一人傘を差しだしてくれる人がいたら縋らずにはいられないのが人間だって。例え相手が悪魔や詐欺師でも助けを求めずにはいられないって。あ、六条さんが悪魔や詐欺師だって言ってるんじゃなくてですね?それくらい、そういう人の存在は大きいってことなんです。だって、本当に困っている時に助けてくれる人って、少ないものじゃないですか」
「……まあ、そうだね」
救われた。
そう思ったことは、否定しない。それに、一緒にご飯を食べて、映画を見て、アドバイスを貰って――それで、絶望的だった世界に光が差し込んだことも。楽しい、嬉しいと思った気持ちも。でも。
「それでも……私も大人だし。分相応ってものは、あるから」
藍子は、とりあえずそう答えるに留めた。
憧れの作家先生。もし許されても、それは友人までだろう。
――素敵な人。でも……好きになっていい相手じゃ、ない。
それくらいのことは、ちゃんとわかっているつもりなのだ。
自分は現実も未来も見えない、恋に恋する少女ではないのだから。
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