<2・ガラクタ。>

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 藍子の勤務形態は特殊である。週七日間のうち、二日が休日、二日が出勤、そして三日がテレワークである。例の感染症騒ぎの折、多くの社員をテレワークにした名残がまだ残っているためだ。電車通勤がちょっと苦手だった藍子からするとありがたい働き方だった。  その結果、新人賞の一次選考結果発表の日から三日後に出勤することになったのだが。 「顔色、悪いですよ。具合悪いんじゃ……」  自分より二年遅く入社した佳奈は、藍子にとって可愛い後輩だった。少女のように可愛らしい笑顔と、細かな気遣いができる性格で性別問わず人気が高い。そんな彼女には、藍子の不調なんてお見通しだったというわけらしい。  小柄な彼女に心配そうに見上げられて、藍子は悩んでしまう。彼女はフル出勤しているし、最近彼女がいる部署が慌ただしいのも知っている。へたに迷惑をかけるわけにはいかない。  佳奈は藍子が小説家を目指していることも知っているし、話せばきっと親身になって相談に乗ってくれるとは思うが。 「……だ、大丈夫」  心配はかけたくなかった。それに、“恋人を寝取られた”とか“いじめられた”ではないのだ。  親友に、昔の作品を奪われた――というのがどれほどショックな出来事か、なんて。そんなの、自分も作品を書いている人にしかわからないことだろう。相談したところで、きっと困らせてしまうだけだ。だから。 「少し、寝不足なだけ。最近寝つきが悪くって。ごめんね、心配させて」 「そんな、謝るようなことじゃないです!」  優しい後輩は、眉をひそめて言うのだった。 「寝つきが悪いなら、何か原因があるかもしれません。わたし、そういうの不摂生だとか思わないんで……あんまり辛いならお医者様でもなんでも相談してみてくださいね。それに」 「それに?」 「心配させてごめんね、じゃなく。そういう時は、ありがとうって言うもんですよ。……大事な仲間や友達が辛そうにしていたら、心配するのは当たり前です。させてください、心配。これからも」 「……うん」  本当にいい子だ。私は自分の座席に座りながら、どうにか笑顔を作った。彼女のおかげで、多少取り繕うこともできそうだ。 「ありがとう、佳奈」  そうだ、仕事の時間だけは忘れなければいけない。結婚していないとはいえ自分も社会人で、お給料をもらって仕事をしている身分なのだから。  まだ震える指でパソコンの電源を入れて、藍子はため息をついたのだった。
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