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次々異世界に転移していく話なのに、その世界のネタが見つからないのだ。どんなものを書いても、地味で味気ない、あるいはどこかで見たような異世界モノにいなってしまう気がしてならない。
そもそも、えみなは実のところ秋山ライト文芸新人賞を受賞した時点でネタ切れ状態だったのだ。ホラー、現代ファンタジー、異世界ファンタジーを中心に書いてきたが、芽が出ないまま十年以上。ついには書いているうちに書きたい内容やネタが見つからなくなり、最終的には困り果てて中学時代の“ノート”に手を出したのある。
たくさんのネタやアイデアを考えるのは、昔から得意ではなかった。
それが得意だったのは――いつも、藍子の方で。
そう、本当はわかっているのだ。基礎的な文章力は自分の方が上でも、ネタ出しは藍子の方が秀でていたということくらいは。
『まだですか』
画面の中、八谷が眉を跳ね上げる。
『だから、次の世界へ行くための時間を引き延ばしている、と。……それ、先月聞いた話ですよ。一か月過ぎてまだ同じ状況というのはさすがにどうなんです?』
「す、すみません……」
『わたしは言ったはずです。貴女はあの松平先生が推してくださって、連載を持つに至ったのだと。良い作品を書いて恩返しをします、貴女もそう言っていたはず。あまりにも人気が出ずにこの連載が打ち切られたら……貴女は松平先生の顔に泥を塗ってしまうことになるんですよ?』
「わ、わかってます……」
『だったら、おかしなところで拘るのはやめてください。作家としての拘りよりも、プロとして責任を果たすことを優先していただきたい。こちらも慈善事業ではないのですから』
わかっている。本当は、言われなくてもわかっているのに。
『今週の原稿次第では、来週お宅に直接お伺いします。その時まだアイデアが固まっていないのようなら、我々が考えたネタで書いていただきますよ。……思いつきもしないのに、自分だけのネタで連載を書きたいなんて我儘、いつまでも通らないのはご理解くださいませ。いいですね?』
では、と。それだけ言い伝えて、彼女は通信を切った。えみなはぎゅっと膝の上で拳を握りしめる。
このままでは、せっかく得たチャンスを不意にしてしまう。わかっている――自分でもわかっているのに。
「どうすれば、いいのよ……」
己の考えたネタだけで、小説を書きたい。自分が書きたいものだけ、好きなように書いてプロになりたい。
そう思ってしまったのが、最初から間違いだったのだろうか。
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