<19・ボウトウ。>

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<19・ボウトウ。>

 その子は桜の木の下で、ぐすぐすと鼻を鳴らしていた。黒いおかっぱ髪に、白っぽいワンピースを着ている。多分女の子、だろう。それも、小学校一年生とか二年生とか、それくらいの年の子供であるように見える。 『あれって……』  私は困惑して、すぐ隣にいた滝登(たきと)を見た。滝登も困り果てた様子で“子供だよな?”と繰り返す。  周りを見れば、みんな似たり寄ったりの表情だ。まさかこんな真っ暗な夜道で、小さな子が泣いているのを発見するとは思ってもみなかったがゆえに。 『近くの子かしら』  田中教授が首を傾げる。 『もう十時過ぎるのに。親御さんや、ご兄弟の姿もないなんて。この近隣、ろくに家も何もないし……気になるわね』 『迷子、とか?』 『近所の子がそうそう迷子になるか?それに、そもそもこの時間に外に出てるのが変っちゃ変だろ』 『だよね……』  お互いぼそぼそと喋る。  自分達はあくまで、ゼミの合宿で来ただけの普通の大学生だ。この村のことは何も知らない。先輩たちも、去年は別の合宿所を使っていたという話だから、この村に来たのは初めてであるはずである。  田舎には田舎の特別なルールがあったりするし、二日後には東京に帰る予定の自分達が首をつっこんでいいものか。誰もがそんな風に躊躇っていたことだろう。 『虐待かも』  滝登がぼそっと言った。 『夜中にさ、子供を殴って家から追い出して、それでこんなところで一人泣いてるとか……ありそうじゃねえか』 『あー……』 『そうね、あるかもね。じゃあ、どうするの?』 『えっと……』  そうこうしているうちに、女の子がこちらに気付いたようだった。自分の近くに立っている大学生六人と大学教授の女性。奇妙な七人グループを見て、ぽかんと口を開けている。 『お兄さんたち、だれ……?』  か細い声が聞こえた。多分それが、決定打だったのだろう。面倒見がいい滝登が少女に駆け寄っていった。 『俺たち、この村で、大学の合宿をしてるんだ。……迷子?どうしたの?』  面倒なことを、と思わなかったわけじゃない。それでも私は、心のどこかでほっとしてしまったのだった。  困っている人を見捨てられなくて、小さな子に優しくて。そういう彼だからこそ、私は好きになったのだと再確認できたのだから。  滝登の傍に歩み寄ってくると、少女は少しの会話ですっかり滝登になついた様子だった。さすがは学校の先生志望の男である。 『お母さん、から逃げたら迷子になっちゃったんだってよ』  滝登は彼女と手を繋ぎながら、私達に言ったのだった。 『さすがにほっとけねえ。……交番まで連れていってあげようぜ。いいだろ?』
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