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とりあえず忘れよう。藍子にできることはそれだけだった。
実際、あれから何度えみなにLINEをしても既読スルーされているし、電話も出てはもらえない。ブロックはされていないようだが、何かを伝える手段などなくなっているというのも事実だ。
合作である以上、そもそも藍子一人の著作権を主張することなんてできない。
それに、元々のデータがノートに書かれた小説で、そのノートはえみなが買ったもので、今えみなの手元にあるのだ。藍子も参加していた、なんて証明する方法はないのだ。
結局のところ自分は作品を奪われたこと以上に、思い出を蔑ろにされた、裏切られたことにショックを受けているのだろう。それほどまでに、己の中で五里えみなという女性の存在が大きかったのを自覚する。
「はあ……」
アパート、“ことぶき荘”の通路にて。錆びた手摺によりかかり、藍子はため息をついていた。
あれから半年後。
えみなこと星川エミナと“流星のアルテナ”は順調に審査を駆けあがり、最終的には銀賞を受賞してしまった。
選評に作品のあらすじが書かれていたが、それはまんま藍子がえみなと共に作り上げた“流星のアルテナ”そのものだった。彼女は本当に、ノートに書かれたあの作品を推敲してデジタルデータに打ち直し、一人の作品として応募してしまったということらしい。それも、ストーリーやキャラクター設定をほとんど変えることなく。
『素晴らしい賞を頂いて、本当に嬉しいです。この物語は、私は子供の頃から一人あっためていたアイデアでした』
えみなはいけしゃあしゃあと受賞コメントを出していた。ぎゅ、とスマホを握る手に力がこもる。
――一人あっためてた、か。……本当に、一人のものにしちゃったんだ。
悔しい。
だがそれ以上に、ここ半年は本当につらくてたまらなかった。何故なら二次選考結果発表、三次選考結果発表、最終結果発表とずっと自分は心のどこかで願ってしまっていたのだから――彼女とその作品が、どこかで落選してくれることを。一番嫌だったのは、彼女を応援できなくなってしまった自分、人の不幸を願ってしまった自分自身だ。
大事な友達だったはずなのに、何を間違ってしまったのだろう。どうすれば、この事態を回避できたのだろう。
半年間、まったく執筆が手についていない。狙っていた公募もいくつかあったのに全部スルーしてしまっていた。――小説家志望、なんて。よくこんなザマで言えたものである。
――立ち直らなきゃ、いい加減。次の作品、書かなきゃ。でないと前に進めない。
「おい、ちょっと」
その時だった。すぐ真横から声をかけられ、藍子はぎょっとしてしまう。
いつのまにか通路のすぐ傍に人がいた。
長身痩躯の、少し不機嫌そうな青年。年は、藍子より少し下、くらいだろうか。よく見るとなかなか整った顔立ちをしてはいるが――。
「邪魔なんだけど」
「え」
ウェーブがかかったややぼさぼさの頭を掻きながら、真っ先に言われたのはそれだった。
これが彼、六条帝との出会い。
第一印象は、お世辞にもいいものではなかった。
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