<3・ナマイキ。>

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<3・ナマイキ。>

――な、ななな、なんだあいつ!年下なのに生意気な……!  正直そう思ったが、口に出さなかった。彼の“邪魔”がわりと正当なものであるのもわかっていたからである。  というのも、藍子が暮らす“ことぶき荘”の302号室――の隣の303号室に、せっせと引っ越し業者が家具家電を運び込んでいたからである。食器棚に冷蔵庫、電子レンジにテーブル椅子など。さっきの彼は、303号室に新しく引っ越してくる住人だったということのようだった。 ――誰だろ。五月の今引っ越してくるなんて。  藍子は首を傾げる。  当たり前だが、引っ越しシーズンは三月だ。新しく会社が決まるとか、新しい学校に通うため一人暮らしをするとか、そういう理由で引っ越しをする人が多いはずである。  もちろん家族が念願のマイホームを作る場合なら話は別だが、少なくともこのおんぼろアパートであることぶき荘は、間取りといい家賃といいどう見ても単身者向けである。それも、一時的に住む転勤族のサラリーマンとか大学生とかが住むのに特化した場所だ。  実際、ワンルームなので住めても精々二人くらいだろう。現在このアパートに住んでいるのは藍子を除けば老夫婦一組、アップル一組、女性の単身者一人と言った具合。他は全部空き部屋だったはずだ。 ――さっきの人、私より年下っぽかった。大学生かな。でも、じゃあなんで今の時期に引っ越し……?  せっせと引っ越し業者が家具を運んでいくのをぼんやり見つめる藍子。今日は土曜日であるし、予定といえば精々食材の買い物をするかどうか、ぐらいだ。それも、最近はかなり頻度が落ちている。以前はもう少し料理をしたのに、最近はやる気がなくてカップ麺で済ませてしまうことが大半だった。  それではいけないと思っているのに、どうにも気力体力が沸かない。相変らず佳奈には心配させてしまっている。申し訳ない、という気持ちは自分にもあるのだけれど。 「なあ」  少し通路の隅に寄った状態で、それでもぼーっと通路に立ち続ける藍子をみかねてか、青年が声をかけてきた。 「あんた、このアパートの人なんじゃないの?なんでそこにいつまでも突っ立ってるんだよ」 「……邪魔しない位置にいるでしょうが」  柱の影だし、家具が運び込まれてくる方向でもない。ただぼんやり引っ越し風景を見つめているだけでクレームをつけられる筋合いはなかった。 「なんか、一人で部屋にいるのが嫌なだけ。気が滅入ることがあったから」 「ふうん」  一体なんなんだろう。彼は何故か、藍子の隣に立って、同じように手摺にもたれかかってきた。 「じゃあ、俺と同じか。俺も今日むかむかすることがあったから、なんか外の空気吸ってたい感ある」 「そうなの?学校で嫌なことあったとか?」
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