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「だけど。……えみな、不器用だから。いろんなことと両立できるようなヤツじゃないんだよね。事務の仕事とか続けながら執筆してたんだろうけど、うまく両立できなくて、それで書けなくなっちゃったところもあるんじゃないかな」
藍子とは違い、えみなは結構美人だしモテる女性だった。しかし、公募に本格的に挑むようになってから、彼女はどれほど男性に告白されても付き合わなかったことを知っている。
いろんなことを同時にできるほど器用じゃないから。
夢を叶えるまで恋は封印することにしたの、と――そう自ら語っていたのはえみなだ。きっと今もそうだっただろう。下手をしたら、悩みを相談できる友達一人いなかったかもしれない。いたところで、執筆の悩み、なんて普通の人とは少し乖離した悩みを相談できるかどうかは話が別だ。
「きっと今、えみなは独りぼっちだと思う。……その苦しみが分かるの、私だけだから」
帝が止めるのは至極最もなことだ。
それでも、自分が行かなければいけないと、そう思ったのだ。
「もし、私のことムカついて、恨んで、キレてくるならそれでもいいよ。悔しいって、憎たらしいって思うならもうそれでもいい。そういう怒りだって、人が生きる原動力になるのは間違いないんだから」
「……何でそう思える」
「え」
「大事な友達だったんだろう。だから裏切られてショックだったんだろう。憎んでないはずないよな、あんたも。ざまあみろって思う気持ちだってないはずないよな。それでも、友達に戻りたいと思ってるくらいの相手だ。そんな相手に呪詛をぶつけられるようなことになるかもしれないんだぜ。怖くはないのか。今度こそ……完全に関係が終わるかもしれないのに」
彼が、心から藍子のことを心配してくれているのはわかっていた。実際、そっとしておく方が大人の対応なのかもしれない。今更助けるギリなんかないだろうと、そう言われるのもわからないことではない。でも。
「えみなは……」
帝の部屋に椅子はない。床に直接座って、丸テーブルに向かい合っている状態だ。正座していた足を少し崩して、藍子は天を仰ぐ。
「えみなは、私の恩人、だから」
「恩人?」
「うん」
幼い頃から、小説家になりたいという夢を抱いていた藍子。それでも、どうすれば小説家になれるのかなんてわからなかった。もっと現実的な仕事を目指した方がいい、と大人に言われることもあって、なんとなく大っぴらに言いづらくて。
きっかけは、教室の後ろに貼りだされた自己紹介。そこに小さくえみなは“夢は小説家になること”と書いたのだ。今思うと、その小さな、本当に小さな夢の欠片が全てのきかっけだっただろう。
それがなければ、えみなが藍子を見つけてくれることはきっとなかった。
始まりは、一冊のノートだった。
『藍子ちゃん、藍子ちゃん!』
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