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「強いな、あんた。星河エミナを許せるのか」
「許せないことがあっても、いいんじゃないかな。すごく親しい友達とか家族や恋人だって、譲れないところ、許せないところはきっと抱えてるんだから。それに」
それに。
彼女ともう一度、逃げずに向き合おうと思えるようになったのは。
「六条さん。貴方がいなかったら、私は彼女からずっと逃げてたと思う」
彼が傍にいて、支えてくれて、助けてくれて。
それで身に染みてわかったのだ。己の悩み苦しみを分かってくれる人が世界に一人でもいるのなら――人はどんな傷も乗り越えていけると。幸せになれるのだと。
「あなたがいてくれたおかげで、私は“傍にいてくれる人”がどれほど大事か、貴いかを知ることができた。……だから、えみなにも、いつかそういう人を見つけてほしい。たとえ、それが私でなかったとしても」
「……そうか」
帝はそう言って、少し、ほんの少しはにかんだように笑ったのだった。
「なんで、俺があんたを助けたくなったのか、わかったような気がする」
「ん?」
「なんでもない」
ぽん、とえみなの肩を叩いて、帝は言ったのだった。
「なら、止めない。対決してこい」
対決してこい。
何で帝が、そんな言い方をしたのか。藍子にも少しだけ、分かるような気がするのだ。
結局のところ、誰が悪いとか悪くないとか関係なく、己を幸せにできるのは己だけなのである。
もしも自分がえみなへの恨みに囚われて閉じこもり続けて、そのあと作品を一文字も書けないようになってしまっていたら。それこそえみなが地獄に堕ちて少しだけ爽快感を味わったところで、本当に自分自身を救うことなどできなかったことだろう。
恨んでもいい。
許さなくてもいい。
それでも大切なことを忘れてはいけない。――世界が変わることを期待していても、白馬の王子様が都合よく現れて溺愛するのを待っていても、己を本当に幸せにすることはできない。此処は、夢と希望に溢れた異世界でもなければ、ヒロインに都合よく巡るロマンスファンタジーの世界でもない、紛れもない現実なのだから。
「えみな、いるんでしょ?」
賃貸マンションの、201号室。
オートロックではないので あっさり部屋の前までくることができた。インターホンを鳴らして藍子は呼びかける。
「ちょっとだけ、話をしよう。……息抜きは必要でしょ、あんたにもさ」
何秒か、何十秒か。やけに長く感じた時間の果て、がちゃり、と鍵が開く音がしたのである。
「……何の用なの、藍子」
ドアの隙間から、えみなは顔を出した。目の下に、思い切りクマを作った状態で。
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