もう幾つ伸びると、

2/4
前へ
/4ページ
次へ
 初めは気のせいだと思ったのだ。  母の三回忌でバタバタしてて、毎日の合掌も、形式的なものになっていた。だから、なんとなく違和感を感じることさえもなかった。  三回忌の後始末や親戚の対応もあらかた終わって、やっと一息ついた時のことだ。向き合った母の姿に、なんとなく違和感を感じたのは。  なんか変な気がするな、気のせいだろうけれど。  それが三日と続けば、なんとなくだった違和感が、確信へと変わる。違和感の正体が髪の長さだと気がついたのは、それよりも何日が後だ。その時には、顎の先よりも少しだけ長いくらいだったはずの母の髪が、肩にかかるくらいまで伸びていた。  遺影の中の、母の髪の毛が、伸びている。  何度も私の気のせいだと思い込もうとした。だって、母はもう死んでいるのだ。写真の中で故人の髪の毛だけが伸びるなんてそんなの、……気味が悪すぎる。  それでも今や、気のせい、では済まされないほど、髪の毛は伸びている。だって、顎ほどまでだった母の髪は、鎖骨を覆うほどにまでなっているのだ。私の気のせいではない。確実に、死んだ母の髪は、遺影の中で伸びていっている。  遺影の中の母の笑顔は何度見ても変わらない。ピンク色のブラウスを着て、はにかむように笑っている。幼い頃から、この笑顔に救われてきた。  遺影を見るたびに、母が見守ってくれているようで安心できた。これからもそれは変わらないはずだ。そうであるべきだ。  それなのに、今では遺影に映るその姿が、恐ろしくてたまらない。得体が知れない。本当にこの女性は、私の母親なのだろうか、とまで思ってしまう。  それは、遺影の中で髪の毛が伸びていることに気がついたからだろうか。だから私はこんなにも、最愛の母の姿を恐ろしく感じてしまうのだろうか。  そんなの、母にあまりにも申し訳が立たない、と思った。  苦労だけして死んでしまった母。死してなお、唯一の肉親にさえ愛されないなんて。  だから私はせめて、毎日朝晩、母への合掌だけは欠かさずにいるのだ。  いつか平気になるかもしれない、と願いながら、どうしても恐ろしさで震えながら仏壇に向かう私を見て、夫は不思議な顔をする。  夫は気がついていない。もちろん、義父母も。  夫には何度か言ったことはある。母の髪の毛が伸びてる気がする、と。その度に夫は、呆れたように笑うのだ。何も変わってないだろ、お前、大丈夫か、なんて言って。  夫はおそらく、三回忌をきっかけに、私が母を亡くしたショックをフラッシュバックしていると思っているが、特に訂正するつもりもない。  夫が母の遺影の微々たる変化に気がつくとは元から思ってもいなかったが、毎日朝晩手を合わせておいて、あんな明らかな変化にも気がつかないとは思わなかった。根本的に、興味がないんだな、と思う。毎日の合掌も、おそらく形式的なものなのだろう。それで私の機嫌をとっているつもりなのだ。  流石、血は争えないな、と思う。  私はかなり前から、義父母との折り合いが悪い。別に虐げられているわけではないけれど、合わないのだと思う。とりあえず表面的に人の機嫌を取ろうとするところとか、特に。  元から義父母のことが苦手だったが、それは同居を始めてからより顕著になった。そもそも義父母との同居も、夫に無理やり押し切られて決まったようなものだ。表面的には友好的に接しながらも、私と義父母の会話はいつもどこかぎこちない。  私は母と同居したかったのに。母と同居していれば、こんなに早くに母を失うことはなかった。そんなことを言っても意味はないけど、思わずにはいられない。  そう、母を亡くしてさえいなければ、遺影の変化で悩むこともなかったのだ。  
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加