永遠延期

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『城下高等学校第47期卒業生の皆様 いかがお過ごしでしょうか。卒業後5年経ちましたので、同窓会を計画しました。ご無沙汰の人もそうでない人も、みんなで集まって昔のようにワイワイ騒ぎましょう。二十歳を超えたので、お酒も解禁です! 同窓会実行委員会 中村佑介 藤村香織』 「同窓会か。夏休みだし行ってみるか」 読み終えた郵送物を机の上に放り投げながら、大西正樹がつぶやく。一人暮らしの自分の家。小さなワンルームの部屋は物も少なく、小さなつぶやきでも響いて聞こえる。1年浪人して大学に入学した正樹は、高校卒病後5年経った今でもまだ大学生だった。就職も決まった大学4年の夏休み、久々に地元に帰って級友たち会うのも悪くない、そう思いながら正樹はスケジュール帳に予定を書き込んだ。 『城下高等学校第47期卒業生の皆様 同窓会の日も近づいて来ましたが、残念なお知らせです。会場として予定していたお店が火事になり、休業となってしまいました。代わりのお店を用意することができず、残念ながら今回は中止とさせていただきます。遠方より参加を予定してくださった方もいた中、申し訳ありません。また、次の機会を必ず作りますので、その時にぜひ会いましょう! 同窓会実行委員会 中村佑介 藤村香織』 「火事は仕方ないよな……」 読み終えたはがきを机の上に放り出し、正樹はベッドに倒れこむ。 「帰省だけはするか」 『城下高等学校第47期卒業生の皆様 拝啓 時下、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。こんな堅苦しい書き出しをするようになりました。  さて、数年前に中止となった同窓会を再度計画しました。早いものであれから5年も経ち、卒業後10年となりました。皆様お誘いあわせの上、ぜひご参加ください。敬具 同窓会実行委員会 中村佑介 中村(藤村)香織』 「同窓会だって。どうする」 正樹がソファの横に座る望未に尋ねる。 「土曜日だし行ってもいいかな」 一緒になって覗き込んでいた望未が、正樹に顔を向けながら続ける。 「その日はそれぞれの実家に帰ってもいいし」 今年になって結婚したばかりの正樹と望未は高校の同級生だった。同窓会が中止になった5年前、帰省だけはした正樹が地元を歩いていた時にたまたま再開したのだった。高校の時は付き合っていた二人だったが、それぞれ親元を離れて別々の大学へと進学し、遠距離恋愛が続かず分かれていた。若干の気まずさと、それにも勝る懐かしさから、二人の話は弾んだ。再び連絡を取るようになった二人は、全国展開の正樹の配属先が、望未の住んでいる場所から近かったこともあって、交際を再開、結婚するまでになったのだった。 「人のこと言えないけど、この二人も結婚したんだね」 望未が手紙に書かれた実行委員の名前を指さしながら笑う。 『城下高等学校第47期卒業生の皆様 同窓会の日も近づいて来ましたが、残念なお知らせです。またこの書き出しをしなくてはいけないことが残念です。皆様もご存じの通り、新たな感染症が流行しています。自粛ムード、そして会場となるお店の営業自粛などもあり、今回も同窓会は中止することとなりました。また、次の機会を必ず作りますので、今度こそぜひ会いましょう! 同窓会実行委員会 中村佑介 香織』 「こればっかりは仕方ないな」 はがきを読み終えた正樹が望未に手渡す。 「次はまた5年後くらいかな」 あまり残念そうでもなく、望未が言いながらはがきを引き出しにしまい込んだ。 『城下高等学校第47期卒業生の皆様 拝啓 時下、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。  さて、女性の厄年となる今年、厄払いも兼ねて同窓会を計画しました。少しずつ規制も緩和されており、この機会に厄を落として、ストレスも発散しましょう。敬具 同窓会実行委員会 中村佑介 香織』 「3度目の正直となるのか、2度あることは3度あるになるのか」 「パパ、なにそれ」 正樹が手紙を読みながらつぶやくと、遊んでいたはずの娘がいつの間にか横に座っていた。 「パパとママのお友達からのお手紙だよ」 優しく娘の頭を撫でながら正樹が答える。 「お風呂出るよ」 浴室の方から望未の声が響く。 「よし、一緒にお迎えに行こう」 娘に声をかけながら正樹が腰を上げる。お風呂から出てくる息子の身体を拭きながら、正樹は同窓会について望未に話した。 「子どもたちもどっちかの実家に預けたらいいし、行ってみようか。厄払いしておこう」 お互いに信心深いわけではないが、厄払いと書かれてしまうと、なんとなく無視できない性格なのだった。 『城下高等学校第47期卒業生の皆様  同窓会を楽しみにしてくださっていた皆様、大変申し訳ございません。今回は、幹事の不手際にて中止とします。女性の方は、厄払いは取りまとめて行いますので、参加希望の方は、藤村までご連絡ください。 同窓会実行委員会 中村佑介 藤村香織』 「これ……」 読み終えた正樹が言葉に詰まっていると、 「何かあったのは間違いないね。厄払い行きたいから、連絡取って、それとなく聞いてみるわ」 横から一緒に読んでいた望未が気にする様子もなく返事を書き始めた。 「藤村さんにとって、厄年になってないといいけど……」 『城下高等学校第47期卒業生の皆様 拝啓 新緑の候、皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。  さて、男性の厄年となる今年、厄払いも兼ねて同窓会を計画しました。前回の企画から相当な日数が経過してしまい、申し訳ありません。今回こそ、皆様とお会いできることを楽しみにしています。敬具 同窓会実行委員会 木下淳 藤村香織』 「もうなんだかネタに思えてきたな」 「どうする。私も厄払いだけはしたし、あなたもしておく?」 並んでソファに座った正樹と望未が案内の手紙を手に顔を見合わせる。 「なにやってんの」 そこにリビングに入ってきた娘が怪訝な顔をする。 「仲がいいのはいいけど、年頃の子どもの前でいちゃつくのはどうかと思うよ」 いたずらっぽく笑いながら娘はキッチンへと向かった。 「この減らず口は誰に似たのか……」 正樹のつぶやきに、 「あなたじゃないことは確かよね」 望未がそっぽを向きながらつぶやき返す。 「厄払い、しておこうね。私はきっとそれで助かったし」 「まだまだ、子どもの成長も見ておきたいしな」 飲み物を手に、自室に戻っていく娘を見ながら正樹が答えると、 「まだまだ稼いでもらわないと困るからよ」 望未が現実を突きつけた。 『城下高等学校第47期卒業生の皆様  同窓会を楽しみにしてくださっていた皆様、大変申し訳ございません。この書き出しも何回目でしょうか。今回も、幹事の不手際にて中止とします。男性の方は、厄払いは取りまとめて行いますので、参加希望の方は、藤村までご連絡ください。 同窓会実行委員会 藤村淳 藤村香織』 「これは……聞き出しづらい雰囲気がする……」 「でも、気になるから聞いておいてね」 顔をひきつらせた正樹と、それを励ます望みを見て、 「だからいちゃつかないでよ」 娘がつぶやいた。 『城下高等学校第47期卒業生の皆様 拝啓 秋冷の候、皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。  さて、卒後35年の節目に同窓会を計画いたしました。35年間、1度も開催できなかった同窓会が、今度こそ実現することを祈りながら、皆様の参加をお待ちしております。敬具 同窓会実行委員会 佐藤晃 野村(田原)由紀』 「子どもも2人とも成人したし、行くのは難しくないけど……」 「そろそろ実現するといいね」 2人きりの夕食の後、正樹と望未がお茶をすする。 「ただいま」 そこへ、アルバイトを終えた息子が帰ってくる。 「おかえり」 二人して声をかける。 「母さん、何か食べるものある?」 手を洗いながら息子が尋ねる。 「賄いがあるって言うから、夕飯は作ってないよ。簡単なのなら作り置きから出せるけど」 答えながら望未がキッチンへと向かう。 「食べたんだけど、なんかお腹すいた」 「男の子あるあるだな」 息子の答えに正樹がうなずく。 『城下高等学校第47期卒業生の皆様  同窓会を楽しみにしてくださっていた皆様、大変申し訳ございません。今回も中止となりました。 同窓会実行委員会 佐藤晃 野村(田原)由紀』 「やけにシンプルになったな」 そっけないハガキを見ながら正樹がため息をつく。 「書けないような理由なのか、書くほどのこともない理由なのか」 「どっちも嫌だな。でも、佐藤と田原さんだし、会場の予約を忘れていた、とかありえそうなだ」 望未の答えに、正樹が付け加える。 「あ、そんな感じなんだ。私、あんまり関わりなくて」 少し興味をひかれたのか、望未が正樹の横に座る。 「悪い奴じゃないんだけど、」 正樹がそう前置きをして、 「佐藤は頼りないし、田原さんはしっかりして見えて抜けてる」 ためらいもなく続ける。 「幹事をしていい組み合わせとは言えないわね」 望未もため息をつきながら答えた。 「会場を変更したらいいだけの話だけど、きっと今まで中止になってたし、中止にするということに抵抗がなくなったんだろうな」 『城下高等学校第47期卒業生の皆様 拝啓 初夏の候、皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。  さて、還暦を迎える年となる今年、節目の同窓会を計画いたしました。1度も開催できないまま、ついに還暦となりました。変わり果てた姿を級友に見せあいましょう。敬具 同窓会実行委員会 永井博 福井(高井)彩』 「赤いちゃんちゃんことか着せられるのかな」 「やりそうよね。彩はそういうの好きそうだし」 二人で案内状を見ながら小さく笑う。 「本当に仲がいいよね、うちの両親は」 子どもをあやしながら娘がつぶやく。 「じゃ、お願いね。いってきます」 泣き止んだ子どもを望未に渡して、娘が玄関へと向かう。 「ごゆっくり」 孫を抱いて、小さくゆすりながら望未が娘に声をかける。 「あいつのところは無事に同窓会できてよかったな」 正樹も玄関の方を見ながら望未に声をかける。 「厄年になる前に1回くらいしてもよかったのに、とは思うけどね」 『城下高等学校第47期卒業生の皆様  同窓会を楽しみにしてくださった皆様、申し訳ございません。赤いちゃんちゃんこが人数分集まりませんでしたので、今回は中止といたします。 同窓会実行委員会 永井博 福井(高井)彩』 「これは……ふざけているのか……」 「彩は、まじめにこういうことをする子なのよ。やっぱりみんなに着せるつもりだったのね」 絶句している正樹に、驚いた風もなく望未が答える。 「次は黄色かしら」 『城下高等学校第47期卒業生の皆様 拝啓 新春の候、皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。  さて、卒後50年の節目に、同窓会を行います。今回できなかったら、もうやめます。敬具 同窓会実行委員会 村上健司 渡辺(松本)唯』 「50年か、長かったような短かったような」 正樹がしみじみとつぶやく。 「この案内も最後になるかもしれないのね」 望未も、少し残念そうに案内に目を落とす。 「これがなければ結婚してないかもしれないし、思い出深いといえば思い出深いな」 「1度も開催されてないけどね」 二人で笑いあう。 『城下高等学校第47期卒業生の皆様  同窓会、もうやめます 同窓会実行委員会 永村上健司 渡辺(松本)唯』 「だめだったか……」 正樹が空白が目立つはがきを見つめる。 「ここまでできないと呪われてるとしか思えないわね」 望未が面白そうに言う。 「それさ、前から思ってたんだけど、」 孫と遊びに来ている娘が声をかけてくる。 「お父さんとお母さんでやったらいいんじゃん。得意そうだし」 その言葉に、正樹と望未が顔を見合わせる。 「やりますか、生徒会長」 正樹がニヤッと笑う。 「庶務くん、段取りはお願いできますか」 望未も偉そうにふんぞり返りながら答える。 「え、お母さんって生徒会長だったの?」 娘が驚きの声を上げる。 「才色兼備、文武両道、非の打ちどころのない優等生。それでいてこの竹を割ったような性格。もらったラブレターは数知れず、振った男も数知れず」 正樹が茶化すように朗々と紹介する。 「女子もかなり振ったわよ」 望未が付け加える。 「美人だったとは思ったけど……よく、お父さんと結婚したね」 娘が正樹を横目に見る。 「雑用させたら校内一、誰にも気づかれずに仕事をするプロ。覗いても見えない、縁の下の力持ち。その他大勢に隠れてしまうその姿はまるで忍者のよう。生徒会になくてはならない存在なのに、よく忘れられる庶務」 望未が誇らしげに紹介する。 「褒められている要素がないな……」 正樹が苦笑する。 「いいのいいの。私だけが知っていたら、それで」 望未が嬉しそうに正樹に目を向ける。 「なんか、二人の仲がいい理由がわかった気もする」 娘が小さく噴き出す。 「さ、忙しくなりますよ」 望未が手を打った。 『城下高等学校第47期卒業生諸子  同窓会のお知らせ  以下の日時で同窓会を行います。スケジュールの調整をお願いします。 同窓会実行委員会 高塚(現:大西)望未 大西正樹』 「さてさて、どれだけ集まるか」 出来上がったシンプルな文面のはがきを見ながら、正樹が尋ねる。 「生きてりゃ来るでしょ」 印刷が終わったはがきを整えながら望未が答える。 「今回は中止にはならないんだから」
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