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◆
魔導省に帰ったフィーナは、先ずこっぴどくタイランに叱られた。
「あんな置き手紙をされたら、心配するでしょうが! 」
「…すみません 」
「それに、こんな季節のラピ・ルト岳に、誰にも知らせずに登るなんてどういうつもりだ? 」
「だって、反対されると思ったので 」
「当たり前です! ジークが見付けなかったらどうなってたと思うんだ! 知ってたら絶対に許さなかったよ!! 」
だから、黙って行ったのだ。でも、心配させてしまったのは事実なので、フィーナは素直に謝った。
そんなフィーナを見て、怪我した足に治癒魔法をかけながらタイランは溜め息を吐く。
「俺はてっきり、ジークのヤツがしつこいから、フィナフィナが逃げたのかと思った 」
「……っ、そんなことはありません! 私はジークハルト様のことを、お慕い……、して、おります、ので…… 」
語尾が小さくなりながらもそう言ったら、タイランがアメジストの瞳を見開いた。
「そうなの? 」
ふと、壁際の方に視線をやる。すると、ジークハルトが腕組みをしながら、難しい顔をして立っていた。
きっと、怒っているのだろうなとフィーナは思う。
フィーナはジークハルトに助けられて、竜に乗せられ、ここに帰って来る時に、全てを打ち明けていた。
彼は、フィーナの話を黙って聞いてくれた。自分の気持ちを操られた様なものだ。いい気がしないのは想像がつく。
「そうか。じゃあ、2人で話をした方がいいかな 」
「はい、終わり」と、タイランがフィーナの足首の関節を回す。
タイラン様の魔力は流石だなと、思った。もうすっかり、腫れも引き、痛みもない。
「そうだな、そうしてくれ 」
待ち兼ねたように口を開いたのは、ジークハルトだった。慌ててフィーナがお礼を言ったら、よしよしと頭を撫でられた。それを見たジークハルトが「早くしろ」と急かし、肩を竦めたタイランが『ハイハイ』と部屋を出て行く。
フィーナはジークハルトと2人で部屋に残された。空気が張り詰めている。覚悟はしているが、やはり恐いものは恐い。
「……怒って、ますよね? 」
沈黙に耐えられなくて、そう聞けば、「怒ってるに決まっている 」と返された。
「ごめんなさい 」と、もう何回言ったか分からない謝罪の言葉に、ジークハルトは、はぁと大仰に息を吐いた。
「先に言っておく。俺にその、君の作った惚れ薬とやらは効いてはいない 」
「は? 」
ジロリと睨まれて、フィーナは小さくなる。
「俺はずっと、君の事が好きだった 」
「え? 」
思ってもいない告白に、フィーナは目を丸くした。ジークハルトは続ける。
「最初は、いつもこちらの注文通り以上の仕事をしてくれている君の事がずっと気になっていた。
ここに来た時にお茶を出してくれる君がそのコだと知って、こんなに可愛らしいコがと、そのギャップに惹かれた。君に会える日が待ち遠しく、楽しみだった。
そうだな、君への想いを自覚したのは、回復薬のことを楽しく語る君と話した時だ 」
「あの時、私は嫌われてしまったかと 」
「何故? 」
何故も何も……。「第一騎士団長様に失礼な事を言ってしまったので 」
「そんな事は思っていない! 寧ろ……っ 」
大きな声を出されて、ビクンと身体が揺れてしまう。
それを見たジークハルトは言い掛けた言葉を収め、「やっぱり、怖がらせていたんだな 」と呻いた。
「俺が求婚したあの日、確かに出された紅茶からハラヒラの花の香りがした気がした。タイランは花の香りなどしないと言っていたから、君も俺を特別に想っていてくれているのかと思って歓喜してしまったんだ。しかしあれは、薬の香りだったのか。だがあれが君の言う惚れ薬だと言うならば…… 」
寡黙な騎士にしては珍しく、考えを纏めようとしながら話すから、フィーナに向けて話しているのか、ジークハルト自身に向けてなのかが分からない。だが返事に困っているフィーナに、大股で向かって近付いて来るジークハルトは、着実に距離を詰めた。
慌てて後退ったフィーナは、反対側の壁際にあっさりと追い詰められてしまう。
ジークハルトは、フィーナの顔の横の壁に腕を当て、逃げられないよう壁と自分の間に閉じ込める。心臓の音が壊れたみたいに煩い。
見つめる深く青い瞳に、心ごと吸い込まれてしまいそうだ。
「フィーナ、君は、君への告白も、口付けも、全部、その薬の所為だと思ったのか? 俺が君に触れる時、どんなに緊張していたのか、どんなに嬉しかったのかも知らないで 」
近付いてくる、端正な顔に動けなくなる。銀色の髪が落ちてきたと思ったら、次には口唇が重ねられていた。
合わせるだけの口付けは直ぐに離れていき、「ラピ・ルト岳で言ってくれた言葉は本当? 」と耳元で聞かれる。
フィーナがコクコクと頷くと、ジークハルトに後ろに隠し持っていた花束を渡された。目の前が突然、真っ白な花でいっぱいになってびっくりする。
それは、沢山のハラヒラの花を束ねた花束。
「俺の答えはイエスだ。俺も、どうしても君に贈りたくて、ここ数日間、仕事の合間に探し回っていたんだ 」
フィーナの愛するその人は、自分の方が好きだとでもいうように、「俺の方が沢山あるだろう? 」と自慢げに優しく笑った。
《fin》
2024.6.8〜 執筆
2024.6.9 公開
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