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「これはロートレッド団長が想像されているものとは少し違います。簡単に言えば、元である力が弱い屑石の力を最大限に引き出してあげているのです 」
「本当に、簡単に言うな 」
ジークハルトは苦笑した。それが出来れば、魔法石は世に溢れている筈だ。
「ですが、天然石とは違い永久的な力はありません。けれど、魔力さえ充たしてやれば、天然石と変わらず使うことが出来ま……す 」
言うな否や、ふらりとフィーナがよろめいた。
「フィーナっ!! 」
倒れ掛けたフィーナを、ジークハルトは慌てて抱き留めて支える。
「これは、睡眠不足だけじゃあないだろう? 」
聞かれたフィーナは、ふふっと笑った。
「私の得意な魔法力は、基礎魔法ではなく、増幅魔法なのです 」
「少ない魔力の魔法石に増幅魔法で、魔力を天然石程度にまで引き上げたというのか? 」
彼女は先程、《屑石》と言った。そんなものを防御魔法石にしてしまう魔力量にも驚くが、1つや2つではない数のあるその屑石にどれだけの魔力を注いだというのか。
「こんなに体力を失う程……。どうして、ここまで。 」
聞いたジークハルトに、当たり前の様にフィーナが答えた。
「だって、聖女様の加護を受けるのはお嫌なのでしょう? 自分は最後でいいと言われるなら、全員分を用意するまでのことです 」
そして、呆然としているエリアーナの方を見て言った。
「エリアーナ様。この間、ジークハルト様を愛しているのかと聞かれましたね? 私は愛していない方と結婚するつもりはありません 」
胸にしがみ付く手が震えている。
それだけ不安なのだろう。気付いてやれなかった自分を腹立たしく思うとともに、込み上げる愛しさを堪え切れず、ジークハルトは胸の中にいる愛しい恋人を抱き締めた。
「今夜、フィーナの部屋に行ってもいいか? 」
朝まで共にいたいと耳元で囁く、無骨な男の艶めいた声に、フィーナの心臓は激しく跳ねて止まりそうになる。
「そんな、不吉なフラグが立つ様なことは致しませんっ!」
「それなら、俺が無事に戻ってきた暁には全部をくれると? 」
そちらもフラグではないかとフィーナは思ったが、その約束でジークハルトの帰ることへの執着心が増すのならといいかと思う。
悪評高き狼は、氷属性の超上位魔物だ。同属性は相性が悪い。幾らジークハルトでも、簡単に討伐出来るとはフィーナには思えなかった。
「そっ、その時はこの豊満な魅惑のマシュマロボディ、ジーク様のお好きにさせてあげますわ!婚前交渉、受けて立ちましょう!! 」
フィーナの買い言葉にジークハルトが目を丸くした。しかし、直ぐにニヤリと片方の口角を持ち上げる。
ジークハルトにしても、魔力を使い果たし弱った状態のフィーナに手を出そうなどとは思っていない。だが、恋に目が眩んでいるフィーナには、悪い男の罠に掛かったことになど気付けない。
「分かった、約束だ。戻ったら、ご褒美は直ぐにだからな? 」
そして、フィーナの髪に口付けた後、一瞥もせず、エリアーナに冷淡な声で言った。
「貴女は早くマリウス殿下の元へ戻られるといい 」
ジークハルトは腕の中の可愛い子だけで手一杯だったし、人の目を気にするらしい彼女の口唇を一刻も早く、思う存分に味わいたかった。
それから、同じ氷の属性である筈の瘴気場の、悪評高き狼を一薙ぎで倒した、黒き竜を駆る天藍石の瞳の騎士は、また伝説を作ることとなる。
あんなに心配した恋人が、たった2日で戻って来て、その夜、約束通りあっさりと頂かれてしまうことなど、この時のフィーナに知る由も無かったのだった。
《fin》
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