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「海琴先生、教室に行きますよー」
谷村(たにむら)先生に呼ばれる。彼女は、私が副担任を務める四年二組の担任で、教師暦二十年のベテランだ。少し雰囲気が祖母に似ている。
「夏休み明けは、児童の外見と服装に注意してくださいね」
蝉の声が響く廊下を歩きながら、谷村先生が言った。
「服の好みが変わった子、夏バテで痩せた子、髪を染める子……あと、ピアスを空けた子など」
「えっ、ピアスですか?」
思わず耳を抑える。
「別の学校の話ですよ。けれど肝心なのは、変化に気づいても大仰に扱わないことです。子どもは繊細ですからね」
気をつけろと念を押す谷村先生。私はうなずく。
四年二組の教室に入る。
谷村先生が着席を指示すると、子どもたちはのんびりと自分の席に戻った。
谷村先生が教壇に立ち、私は教室の後方、ランドセルやお道具箱をしまったロッカー側から児童たちを観察する。
服装や外見が極端に変わった子は、いない。
みんな日焼けしたくらいで、別に――
(……あれ? 健奏(けんぞう)くん?)
目が、一人の男子児童で止まった。
窓際の三番目の席、クラス一の野球好き・健奏くんが黄色い学帽を被ったままだ。
谷村先生が脱帽するよう言うと、彼は少し間を置いて脱いだ。
教室内に、ざわめきが生じた。
「ケンゾー、なんだよその髪!」
健奏くんと仲の良い蓮(れん)くんが彼を指さした。女子間でひそひそ話が起こる。
健奏くんの、髪が伸びている。
夏休み前までは確かに短髪だったのが、肩につくくらいの長さになっている。
真っ黒な髪をサラッと揺らし、健奏くんは口をへの字にして、何も答えなかった。
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