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(ああ、またやっちゃった……)
頭を冷やそうと職員室を出て、廊下の奥へと進む。
他の建物の影になって日が当たらない校舎の西側は、薄暗くて夏でも空気がひんやりとしている。
――海琴は昔から、何事にも一生懸命なのよね。
頭の中で祖母の声がする。耳に心地いいけれど耳を傾けずにはいられない声が。
――とっても良いことよ。でもね。
――たまーに、情熱が迸りすぎて空回りすることがあるのよねぇ。
帰省時の、実家で。
私の教師生活の失敗談を聞いた後、祖母はそう言った。
耳にも胸にもグサグサ刺さった。
二十三年間の人生で、身に覚えがありすぎるからだ。たとえば電車の中で、お年寄りだと思って席を譲ったら案外若い人だったとか。
……そういえば実家でも、幼い姪っ子が大きなGのつくアイツの前で立ち竦んでいたから退治したら、「観察してたのに!」と泣かれたっけ。(いや観察しないで)
――発言する前、行動を起こす前に、一度立ち止まる癖をつけなさい。
――これで髪をまとめる時間の分だけ待つとか、ね。
そう言って、このシュシュをくれた。チベットスナギツネ模様のシュシュ。
ネットでは『虚無顔』と草を生やされるそれは、祖母にとっては『冷静沈着』の象徴らしい。
――いつも心にチベットスナギツネを住まわせなさい。
齢七十の祖母から出たパワーワード。
つまり、早とちりや暴走を防ぐために、クールダウンして物事にあたれということだ。
(そうだよね……問い詰めたり、追い詰めたりするのは絶対にダメだ)
髪から外したシュシュを眺めて、そう誓った。
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