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一週間経っても、健奏くんの髪は伸びたままだった。
「あー! もう邪魔だー!」
残暑が厳しい上に湿度も高い日。
この蒸し暑さでは、中途半端な長さの髪はうっとうしいだろう。私も背中まで髪を伸ばすのに時間がかかったから分かる。
首筋にぺったりくっつく髪の毛にムキーっとなる健奏くん。
すると女子の沙優(さゆ)ちゃんがヘアゴムを渡した。健奏くんはそれで髪を結んだ。ちょん、と子犬のしっぽのようなちょんまげができる。
「うぜーなら切れば?」
「……」
蓮くんの提案に、健奏くんは黙りこくった。
(髪を伸ばす理由は、オシャレや気まぐれじゃない……?)
家庭にも問題はないようだ。健奏くんのお母さんは、毎日元気に美容室を経営しているらしい。
そして、ついに。
「ケンゾー、女みてー!」
クラスのジャイアン的存在の男子が、健奏くんを集団でからかったり髪を引っ張ったりするようになった。
健奏くんは「やめろよ!」と毅然と拒絶したし、私も注意したけど……ああいうのは、しつこくなる傾向にある。
もしも重大ないじめに発展したらと思うと、……胃がキリキリする。
そこから三日経った。
放課後、プリントを一枚忘れたことに気づいて、職員室から四年二組の教室に戻ると、健奏くんがいた。
がらんとした教室に一人、窓際に設けられた洗面台の鏡を見ている。伸びた髪に触れながら。
つい、声をかけた。
「健奏くん!」
「あ、海琴先生。何?」
健奏くんが振り返る。その拍子にしっぽが跳ねる。
喉の奥で言葉が絡んだ。ストレートに尋ねていいものか迷った。
なんで髪を伸ばしっぱなしにしているの、って。
私は後ろ頭のシュシュに指先で触れつつ、言葉をひねり出した。
「な、何か悩みがあったら、いつでも相談に乗るからね!」
あ――なんて気の利かないセリフ!
こんなの、言われた側は「特にない」って返すしかないやつじゃん!
未熟……あまりにも未熟……!! と、猛省していると、
「じゃあ、いっこ聞いていい?」
予想外なことに、健奏くんは食いついた。
「もちろん! 一個でも二個でも三百個でも!」
「いや三百個もない」
うーん冷静。私より断然クール。
健奏くんは黒目がちな瞳を私に、……というか、私の髪に向けた。
シュシュでひとまとめにした、背中まである長い髪に。
「ケンゾー、練習行こうぜー!」
けれど蓮くんがひょっこり現れ、健奏くんを連れていった。
そういえば今日は、町内の草野球チームが校庭を借りて練習する日だっけ。
私は意を決し、彼らを追いかけた。
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