ロングヘアの男子児童

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「健奏! なんだその髪は!」  西陽が照りつける校庭。  険しい顔つきの壮年男性――草野球チームのコーチが、健奏くんを叱責した。  横一列に並んだ子どもたちが肩をすくめ、当の健奏くんの表情が凍る。 「今すぐ切ってこい! 坊主にしろ!」  無茶を言う。このコーチは指導の腕は確かだが、言動が少し古臭い……否、昔気質だともっぱらの評判だ。  健奏くんは顔面蒼白で、けれどまっすぐコーチを見返し、 「い、嫌です!」  と拒否した。途端にコーチの顔が真っ赤になる。 「そんな長ったらしい髪で野球ができると思ってるのか! 男のくせに軟弱な!」 (いや髪型はカンケーないでしょーが!)  見学する保護者の群れをかきわけると、怒りまじりのツッコミが弾けた。あと今時言う? 「男のくせに」とか言う!?  コーチは「なんだと!」とよりいっそう声を高くする。  その剣幕に他の児童も萎縮し、お茶当番の保護者たちも気まずそうに顔を見合わせる。 「切れったら切れ!」 「嫌です! 切りません!」  あまりの強情さに、私は呆然となりかけた。  なんでそこまでこだわるの。友達付き合いでも大好きな野球をやる上でも、どうしても周りから浮いてしまうのに。  別に男の子の髪が長くてもかまわない。変なことじゃない。けれどそれは正論だけど理想論で、どうしても奇異な目を向けられる。それが現実だ。  激昂したコーチが手を振り上げる。  その手が健奏くんの頭に触れようとしていて――私の体が、勝手に動いた。 「待ってください!」  思わず駆け寄って、健奏くんとコーチの間に入る。  もちろんこの後は、穏便に事を済まそうとした。場をうまく納めるような言葉を選んで並べて。チベスナギツネのシュシュにそう誓ったから。  けれど、「海琴先生……」と健奏くんが不安げな声で呼んで―― 「そっ、そんなに切れ切れ言わなくてもいいじゃないですか!」  すべて吹き飛んだ。 「はぁ!? アンタには関係ないだろう!」 「関係あります私は健奏くんの先生です! 坊主や短髪じゃなきゃ野球はできない決まりでもあるんですか!?」 「心構えの問題だ! 髪も整えないやつに野球はできない!」  どういう理屈!? と思うと同時に、私は思いのまま口走っていた。 「髪が長かろうと短かろうと、健奏くんは健奏くんです!」  心の底からの叫びにコーチが唖然とする。  その時だった。 「あらやだ健奏、何も話してなかったの?」  麦茶のヤカンを下げた保護者が、呆れた声を出した。  健奏くんのお母さんだった。 「ちょっ、やめろよお母さん!」  健奏くんがあわてるけど、お母さんは構わず、 「お騒がしてすみません。この子、いまコレをやってるんですよ」  と、スマホの画面を見せた。そこにはこう書かれていた。 【ヘアドネーションプロジェクト】  その瞬間すべての謎が解け、私はポンと手を叩いた。
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