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ヘアドネーションとは、医療用ウィッグを作るために人毛を寄付することだ。
健奏くんのお母さんによる詳しい説明の後、コーチは健奏くんに謝罪した。ちょっと見直した。
「でもあれ、すごく大変なんですよね?」
行きつけの美容室で説明されたことある。
「最低三十一センチからです。海琴先生の身長だと、お尻くらいですね」
予想より長い。それを小学生がやると言うのか。
「うち、ヘアドの賛同美容室なんですよ。で、先日、男性スタイリストが二年かけて伸ばした髪を寄付しましてね。それでこの子、憧れちゃって」
ね、健奏、とお母さんが息子を促した。
「だってさ……なんか、かっこよかったんだもん」
健奏くんの口はちょっと尖ってて、居心地が悪そうで。モゴモゴと素直な気持ちを語り出した。
「髪をきれいに伸ばすってものすっっっごい大変なんだって、兄ちゃんが言ってた。でも、兄ちゃんはやりきったんだ。オレ……目標を決めても途中であきらめちゃうことが多いから、スゲーって思ったんだ」
「ほんっとバカねぇ」
お母さんが健奏くんの背中を叩く。
「ちゃんとみんなに説明すればよかったのに。なんで言わなかったの?」
「だ、だって! ……寄付とか、いい子ぶってるみたいで、……恥ずかしい……」
隠した理由がまさかの羞恥心。シャイすぎるぞ少年。
「社会貢献とか福祉とか、……人のためになるような良いことはどんどん言っていいんだよ……」
私は脱力しながらそう告げる。
周囲の人々――子どもたちのほとんどは「へー」と興味なさげ。保護者たちは苦笑い。
私は深く息をついて、茜色に染まりかかった空を仰いだ。
結んだ髪をほどいて、シュシュを見る。
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