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金色の彼女 5
どうして、藤野香織を犠牲にする必要があるのか。それは、私のおばあちゃんのためだった。
数ヶ月前から、おばあちゃんの体調が思わしくなかった。大丈夫だよ、と本人は言うけれど、顔色や普段の動作を見れば、私の心配が杞憂でないことは明白だった。おばあちゃんのために、私は藤野香織を利用しようと考えていた。
「ただいま、おばあちゃん?」
藤野香織と別れた後、帰宅した私は、玄関先でそう呼びかけた。しかし、返ってくるはずの声はなく、家のなかは静寂に満ちていた。
家にあがって廊下を進み、居間の引き戸を開ける。おばあちゃんは、そこにいた。テレビをつけっぱなしのまま、横向きに背中を少し丸め、畳の上で静かに寝息をたてていた。
「おばあちゃん……」
そっと入室し、リモコンを取ってテレビを消した後、おばあちゃんの足元付近に私は座った。顔が見える位置に。
そうしてしばらく眺めていると、んん……と呻くような声を出して、おばあちゃんが目を覚ました。以前よりもどこか、体が小さくなっているように見えた。
「おばあちゃん、ただいま」
声をかけると、横になった姿勢のまま、おばあちゃんが私に視線を向ける。気だるげで、まだ夢の世界から戻りきっていないような、うつろな目。数ヶ月前から、何度も見ている姿。不安が大きくなり、心に押し寄せるのを感じた。
「ああ、美香ちゃん、おかえり。今、帰ってきたの?」
「ただいま。大丈夫? 具合、悪いの?」
そう問いかける、私の声がとても心配そうだったからだろう。
おばあちゃんは私を安心させるように淡く笑み、か細い声で言う。
「大丈夫だよ。ただちょっと、眠くなってね。横になってただけさ」
「……そう、なんだ。それなら、大丈夫だね」
──大丈夫だね。思ってもいないことを口にできる自分が不思議だった。
眠くなっただけ。ちょっと、横になっただけ。
その返答を、この数ヶ月の間に何度耳にしたことだろう。
きっかけは、わからなかった。ただ数ヶ月前から、おばあちゃんは行動する意欲を少しずつなくしていた。体調が、徐々に悪化しているようだった。
普段通りに過ごす日も、当然あった。けれど今のように横になっていることも増えていて、食欲も前より衰えている様子だった。「食事」を取る回数もめっきりと減っていて、「獲物」を捕獲する頻度も、元気だった頃よりずっと減っているように感じた。
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