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1ー3 病
森に春がきた。
魔物も他の獣たちも春が好きだ。
わたしは、森の奥の柔らかい草原に横たわり群れ咲く紫色のクルラの花の匂いを嗅いでうっとりと目を閉じた。
ふと、記憶がよぎる。
人間の子。
美しい見たことのない色の髪と目をしていた。
あれは、夜の色だ。美しい夜空のような色。果てしなく遠い夜の色。
あれ以来、わたしは、何か、おかしい。
母様が用意してくれる食物もあまり喉を通らない。というか血の匂いに食欲が削がれる。大好きだったオークの肉でさえ美味しいとは思えなくなった。
少し緩んで毛並みも悪くなってきた気がする体を毛繕いしていると足音がきこえてわたしは、目をあげた。
「クオ」
そこにいたのはわたしより一回りは大きなフェンリルだった。それは、わたしの双子の兄であるエルトだった。
エルトは、わたしのそばに腰を下ろすとわたしのふさふさの毛に鼻先を突っ込んでくんくんと匂いを嗅ぐ。
「母様が心配していた。どこか調子が悪いのか?」
「うん・・」
わたしは、エルトの首もとをそっと舐める。エルトの毛並みはさらさらとしていて心地よい。
「なんだか、胸が苦しい。わたし、もしかしたら悪い病気なのかも」
「胸が?」
「うん。それで食欲がなくって」
わたしは、ため息をつく。胸に何かがつっかえているような息苦しさにわたしは、戸惑っていた。
エルトは、じっとわたしを見つめていたがふっと笑って頭を振った。
「それって、もしかして」
うん?
わたしがきょとんとしているとエルトがにやにやと口許を緩めた。
「とぼけるなよ、クオ。相手は、誰だ?クルセの奴か?まさか、ナンじゃないだろうな?」
「なんのこと?」
わたしは、エルトに牙をむく。エルトは、ころんと寝転がるとわたしに腹を見せた。
「怒るなよ、クオ。お前は、病気なんだからな」
「ええっ?」
わたしは、驚いてエルトを見た。やっぱりわたし、病気だったんだ?もう、長くないのかも。
ファンリルは、長命だ。
普通は、何百年も生きるフェンリルが死ぬのは、強い敵にやられるか、それか、病気になるかしなければ死ぬことはない。
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