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1ー4 昔話
エルトは、立ち上がるとわたしに背をむける。
「どうするの?」
わたしがきくとエルトは、にやにや笑う。
「クオが恋の病にかかったといえば、母様が喜ぶぞ。父様は、ちょっと荒れるかもしれんがな」
恋?
わたしは、驚いていた。
わたしが恋?
でも。
わたしは、うつむいて考え込んだ。
わたしは、確かに、いつも気がついたら同じことを考えているかもしれない。それは、考えても仕方がないことで。いや、考えてはいけないことだった。
このわたしが、フェンリルの王の子であるわたしがまさか、人の子に恋するなんて。
それは、ありえないことだ。だって、人は、我々、フェンリルにとって食らうべき餌にすぎない。それに恋、だなんて。
わたしは、エルトの長い尾に噛みつく。エルトは、ぎゃっと、悲鳴をあげてわたしを睨んだ。
「なにするんだよ!クオ」
「エルト」
わたしは、涙ぐんだ。
「もしかしたら、わたし、ほんとに病気なのかも」
わたしは、エルトにすべてを話した。エルトは、わたしの話を遮ることもなく黙って聞いてくれた。わたしは、話ながらいつしか泣いていた。泣いているわたしをエルトは、慰めるように顔を舐めるとわたしに優しく話しかけた。
「そうなのか。大丈夫、だ。泣くな、クオ。今までにもフェンリルが人と恋に堕ちた話は、きいたことがある。ほら、祠のばば様が話していただろう?昔々の話だが」
「知ってる」
わたしは、頷いた。
「人の子の国の祖となったフェンリルの話」
かつて、この森がある人の子の国の始祖となったフェンリルの話は、わたしも知っていた。
確か、父様の叔母上だったフェンリルでラーナといった。
彼女は、森で出会った勇者と恋に堕ちて魔法で人になったという。
わたしは、ぶるっと毛が逆立つのを感じていた。
わたしが人の子になる?
そんなこと父様たちが許すわけがない。
事実、人になったフェンリルは、一族を追われて二度と戻ることは許されなかった。ラーナのことは、今でも我々にとっては、忌避されている話だった。
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