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1ー5 祠のばば
エルトは、気がのらないわたしを引っ張って祠へと向かった。
森の奥にある古びた女神の祠をわたしたちフェンリルは、恐れていた。
女神は、我々の力の及ばない存在であり、時々、不可解な介入をしてくるものだった。
フェンリルは、理解できないものを恐れる。それゆえ、祠には誰も近づく者はいなかった。
ただ、祠のばばと呼ばれる者を除いては。
祠のばばがいくつになるのかは誰も知る者は、いない。噂では、先の竜族との大戦のおりには、すでに生きていたというから軽く1000年は生きているのだろう。それは、長寿であるフェンリルからしても長生きだ。
祠のばばは、人間との合の子で特別なフェンリルなのだという。
何が特別かというとまず、その姿が異様だった。祠のばばは、上半身が人間の姿、下半身がフェンリルという異形の者だ。
フェンリルのことも人のことも嫌っている彼女は、誰もが近づかない祠にいつからか住み着いていた。だから、わたしたちは、彼女のことを祠のばばと呼んでいた。
「ばば!いるか?」
祠のある洞穴の入り口でエルトが呼ぶと暗闇がのそりとうごめく。
「なんじゃ?」
「ちょっと聞きたいことがあってきた」
エルトは、ばばに臆することなく話しかけた。洞穴の闇の中でばばが低く笑った。
「おかしな子じゃな。このばばにききたいこととは」
祠のばばは、闇の中から訊ねた。
「このばばに何がききたい?」
「ラーナのことを聞かせて欲しい」
エルトが言うと祠のばばの声が一段と低くなった。
「あの娘のことを?なぜだ?」
「それは・・」
「よもやまた人の子にけそうした者が現れたのではないだろうな?」
祠のばばが声を潜める。
わたしは、恐ろしくなってきてエルトの尻尾を噛んで引っ張ったがエルトはひかなかった。
「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」
エルトが答えると祠のばばが黙り込む。わたしは、エルトにそっとささやいた。
「もう、帰ろう、エルト」
「でも」
「また、人の子を愛してしまったフェンリルが現れたのか?」
洞穴の奥で影が動きこちらへと近づいてくるのがわかった。わたしは、怖くて毛が逆立つのを感じていた。
「その愚か者は、誰じゃ?」
洞穴から出てきたのは、上半身が銀色の長い髪に覆われた異形のフェンリルだった。髪に隠された体は、確かに人の子のもので、わたしとエルトは、息を飲んだ。
そのフェンリルは、美しかった。
1000年生きているとは思えない。
どこか幼げな様子をしたその人の子の姿をうつした者は、青い瞳でわたしたちをじろりと見た。
「お前か?」
祠のばばに指差されてエルトが慌てて返事をした。
「俺じゃない!こっちの・・」
「お前は、確か、アギトの9番目の子じゃったな?」
祠のばばと目があってわたしは、びくっと体を強ばらせていた。尻尾がくるんと足の間に丸まるのを堪えきれない。
「わ、わたし、その」
「ふん、まだ、ほんの子供じゃないか。それなのにこともあろうか人の子にけそうしたとはな」
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