22人が本棚に入れています
本棚に追加
1ー8 ムッタの実
わたしは、その老いた大黒蜥蜴にすべてを話した。
人の子に心を奪われたこと。そして、祠のばばに人になりたければ『女神の涙』を持ってくるようにいわれたこと。
老いた大黒蜥蜴は、わたしの話を黙ってきいていたがやがてぽつりと言った。
「人になりたい、か。それも面白いかもしれんな」
老いた大黒蜥蜴は、わたしをそのつぶらな黒い目でまっすぐに見つめた。
「いいだろう。わしが死んだらこの体の中にある『女神の涙』をくれてやろう」
老いた大蜥蜴は、それと引き換えにわたしに条件を出した。
それは、以外なことで。
彼は、最後にもう一度だけ、好物のムッタの木の実を食べたい、と望んだ。ムッタの木は、森の奥の湖の岸辺に
はえているムッタの木になる。けれど、それが実をつけるのは秋のことだ。今の季節には、実をつけることはない。
まったく無理な話だ。
それでもわたしは、ムッタの木の実を探しに行くことをその老いた大黒蜥蜴に約束した。
なぜなら、彼は、もうすぐ死んでしまうものだから。
わたしは、彼の最後の願いを叶えたかった。
わたしは、森の奥にある湖へと急いだ。
その辺りには大黒蜥蜴の群れが住んでいて危険だということはわかっていた。それでもわたしは、走った。
なぜ?
それは、わたしにもわからない。
ただ、なぜか、1匹で死んでいこうとしている老いた大黒蜥蜴のために何かしてやりたいと思っていたのだ。
わたしは、半日駆け続けてやっと森の奥の湖へと到着した。
ムッタの木はあったが、やっぱり実はなってはいない。
わたしがムッタの木の根本で途方にくれていると森の奥から大黒蜥蜴の群れがやってくるのが見えた。
やばい!
わたしは、すぐに逃げようとした。けれど、振り向いたら背後にも大黒蜥蜴がいた。
いくらフェンリルでもこの数の大黒蜥蜴に敵うわけはない。わたしは、覚悟を決めていた。
「なぜ、フェンリルの子供がここにいる?」
しわがれた声がきこえて群れの中から1匹の大黒蜥蜴が出たきた。わたしは、怯えながらもその大黒蜥蜴に向かって吠えた。
「老いた大黒蜥蜴に頼まれてきた!」
わたしが死にかけた大黒蜥蜴に頼まれてムッタの実を採りに来たことを伝えるとその大黒蜥蜴は、急にはらはらと涙を流した。
「その大黒蜥蜴は、数日前に群れを追われたわしのおとうだ」
大黒蜥蜴は、群れの長が老いると次の長になるものが前の長と戦い群れから老いた長を追い出すのだと以前に聞いたことを思い出した。
「そうか、おとうが死ぬ前にムッタの実を食べたいと言ったのか」
その大黒蜥蜴は、群れのものに命じると彼らの巣穴からムッタの実を持ってきてわたしに渡した。
「頼む。おとうにこれを持っていてやってくれ」
最初のコメントを投稿しよう!