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1ー9 連れていくんじゃなかった
わたしは、大黒蜥蜴の長から託された赤いムッタの実を咥えると走った。
一刻もはやくこれをあの老いた大黒蜥蜴に届けなくては。
わたしは、休むことなく走り続けた。そして、日が沈む前には、森の端にいる老いた大黒蜥蜴のもとへとたどり着いた。
わたしが彼の前にムッタの実を置くとその大黒蜥蜴は、ぽろぽろと涙を流した。
彼には、これをわたしがどうやって手に入れたのかが理解できていたのだろう。
彼を群れから追い出し死に向かわせた新しい長が、彼の息子がわたしにそれを託したのだ。
「ああ、うめぇなぁ」
老いた大黒蜥蜴は、泣きながらそれを食べると、わたしに告げた。
「わしは、もうすぐ死ぬ。わしが死んだらわしの体にある『女神の涙』は、あんたのものだ」
わたしは、そのまま、彼の側についていた。
死んでいく彼の体を狙って近づいてくる魔物や、獣をすべて追い払った。
彼は、月が天高く上る頃、静かに息を引き取った。
わたしは、天に魂を戻された彼の肉体を喰い破りその中にある『女神の涙』を取り出した。
青く輝くその大きな魔石を咥えるとわたしは、1匹で祠のばばのもとへと向かった。
祠のばばは、わたしが咥えてきた『女神の涙』を見ると深いため息をついた。
「いいだろう。お前に人になる方法を教えよう」
祠のばばは、わたしに話した。
「フェンリルが人になるには、人の魂を得なくてはならん」
「人の魂?」
わたしは、祠のばばに訊ねた。
「それは、どうすれば手に入るの?」
「これから4回目の夜に月が上らない夜がくる。その夜に女神の祠に来るがいい」
わたしは、フェンリルの群れに戻った。
「どこに行ってた?クオ」
先に寝床で横になっていたエルトががばっと起き上がるとわたしにきいた。わたしは、答えることなく横たわった。そして、目を閉じるとすぐに眠りに落ちていった。
次の日も次の日も、エルトは、わたしにつきまとった。
「何があった?クオ」
「何も」
わたしが答えても、エルトは、疑わしげにわたしの周囲をぐるぐると回ってわたしを問い詰める。
「お前から大黒蜥蜴の血の匂いがする」
エルトがわたしをくんくんと嗅いだ。
「まさか、1匹で大黒蜥蜴のもとにいったんじゃないよな?」
「行った」
わたしが答えるとエルトは、ぐるる、と低く唸った。
「そんなまさか。お前に大黒蜥蜴が狩れるわけがない」
「でも、狩った」
わたしは、エルトの目を見つめて言った。
「次の月の上らない夜、わたしは、人になる」
わたしの言葉にエルトは、絶句した。しばらく無言でわたしを見ていたエルトは、やがて口を開いた。
「お前を祠に連れていくんじゃなかった」
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