花満ちる心

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「世界に花が満ちますように」  花菱幸樹は、スマホに表示されている文字を小声でなぞった。  零れた小さな声は、昼休みの喧騒にまみれた教室の中では、誰に届くこともなく掻き消える。  幸樹に目を向けるものも今は居ない。仲の良い友人も今は別のことで忙しい。  今日、新たなクラスメイトを迎えた。転校生だ。  杉原志乃と名乗った転校生。愛嬌に溢れ、人好きのする笑みを浮かべて見事に自己紹介を果たした彼女を、幸樹は直視できなかった。  それでも強く印象に残っていることがある。それは、彼女が挨拶の締めの前に新しいクラスメイトの顔を覚えるようにゆっくりと教室全体を見渡した姿だった。  杉原は今、学校にカーストという階級社会が存在するなら上位に位置する集団のもてなしを受けている。  その中で杉原の声が教室内を通り抜けた。 「青梅さんって凄い人なんですね。直接お話出来たらいいのですが」  視線を向けると今は教室を離れているクラスメイトを紹介しているようだった。 「そうなんだよ。色々、みんなの相談にも乗ってくれてさ。やっぱり見えてるものが違う--」  彼らの話題の行く先がどこに向かうかを知って、幸樹は席を立って話を先導していた友人の田島治に声をかける。 「ちょっといい?」 「花菱、どうした? 調べ物があるとか言ってなかったか?」 「終わったよ」 「何調べてたんだよ」 「バナナの増やし方」 「は? なんの? ゲーム?」 「スーパーで売ってるやつ。種無いのにどうやって増えるの? おかしくない?」 「転校生よりバナナ知識優先なお前の方がおかしくない?」  田島の投げやりな疑問をぼけっとした顔で幸樹が受け流していると、おずおずと声が掛けられる。 「あの、花菱、さん?」 「はい。花菱幸樹です」 「これはご丁寧に。杉原志乃です」 「いや、今朝自己紹介してもらってるんで」  幸樹が頭を下げて返す。  楽しい転校生との談笑に訳の分からない茶々を入れられた周囲が、不満気な視線を幸樹に送っていた。 「どしたん? 花菱がうちらに絡みに来るとか珍しい」  悪くなりかけた空気を散らすように明るい声が割って入った。席を外していた青梅咲が戻ってきている。  この集団と幸樹の唯一の接点である田島に視線が行く。 「青梅を自慢したい田島に、そういうのは当人の間で直接伝えた方がいいって教えてた」  田島に問う視線の横で、ぽん、と幸樹が説明を放った。 「ーーは? あ、いや? は?」 「田島がテンパってんよ?」 「青梅の事情は青梅が直接伝えるか決めるべきだと思ったから止めてた」  幸樹が言い直すと、田島が気まずそうに視線を泳がせる。 「あー、なるほど。花菱は不思議君だけど、たまに真面目になるよね。そういうとこ嫌いだわー」  はっきりと言って青梅が笑う。そのまま田島の肩を励ますように叩いていた。 「公言してるとはいえ、確かに、皆から聞いてるよね、なんて言い方はナシだわ」  青梅が目を閉じて深く息をする。人と向き合う程度の事前準備としては、普段の彼女らしくない所作だった。 「青梅咲。咲でいいよ。よろしくね、志乃ちゃん。ちょっと今日は用事多くて挨拶遅くなっちゃった」 「いえ、これからよろしくお願いします。咲さん」  成り行きを見守っていた杉原がすぐに応じる。それから今までの話の流れの説明を求めて青梅を見上げた。  青梅は杉原の意図を汲み取って回り道なく応じる。 「私さ、心花視持ちなんだよね」
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