花満ちる心

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 両目を開いて驚きを現した杉原が聞き返す。 「心花視って、あの?」 「どの心花視か、一応教えてもらっていい?」 「メンフローーメンタルフラワーを知覚する力、ですよね」  心花視。人を見る時に、その心の在り様を花や植物の形で知覚する能力に付けられた名前。現代では百人居れば一人は持っているとも言われている個人が有する特性だ。  誤解なく意味が通じていることを確かめてから青梅が頷く。 「驚きました。伝えても近しい人くらいだと」  心花視は世に知れ渡った能力だ。だが認知されているからこそ、心花視の世における立ち位置は微妙だった。心の形を見られてしまうことを忌避する人は多い。そういった世情の中で、心花視を隠して生きる人もまた多かった。仮に誰かに伝えるとしても慎重を要するものだと認識されている。  その常識に当てはめれば初対面の転校生へのカミングアウトは普通に無しだ。  心花視に理解がありそうな対応をする杉原にとっては、青梅の行動はある種の暴挙と言えるかもしれない。 「咲さんは、MFCを目指してるんですか?」  心花視を持つ人だけが就くことが出来る職業にMFC(MentalFlowriCouncelor)と呼ばれるものがある。心の状態を知覚できるカウンセラーは、相談者の心の本当に必要な場所に寄り添える存在とされている。実際、カウンセリングを受けた経験者の多くは口を揃えて語る。メンタルヘルスを考えるならMFCに頼るべきだと。  心花視は、世間で忌避されながら、現代の傷ついた心に求められてもいる。だから心花視を用いた職というのは苦労が絶えないとも言われていた。 「MFC? なんで? いや、全然。向いてないと思うし」 「すみません、見当違いでした。職業上求められる場合、いずれは知られてしまいますよね? 早いうちに、ということではと思ったのですが」  真剣な杉原の推測に、青梅が苦笑した。 「どうしよう、志乃ちゃんが真面目で良い子過ぎる。でもゴメン、そんな大した話じゃないんだよね。  昔は見えちゃって悪いな、って思ってたんだよ。人に意識を向けるとどうしても頭の裏側辺りにその人のメンフロが浮かんで来ちゃう訳で。心を盗み見てるって思って勝手に凹んだりもしたかな。  でもさ、仕方ないじゃん。見たいんじゃなくて見えちゃう訳で。ならせめてこっそり見るのはやめようって決めたんだ。だから公言して堂々と見ることにしたわけ」  言い切る青梅。そして、言葉を咀嚼している様子の杉原に、本当に伝えたかったことを最後に続ける。 「だからね、志乃ちゃん。ちゃんと私を避けるんだよ。私はあなたの心の形を見ちゃうんだから」 「今も、咲さんには私の心が見えているということですよね?」 「そうだね。何か言った方がいい?」 「いえ、お見苦しいものをという気分です」 「……そんなことは思わなかった、とだけ言っておくね」  青梅が首を振って話を切れば、転校生に青梅咲の事情説明は終わりを迎える。  そのはずだった。 「確かに青梅は心花視持ってるけどさ、避けるなんて言い方はなくねーか?」  不満げに零したのは田島だ。 「いや、なんで田島が不満そうかな。言ったの当人の私なんだけど」  おどけて言う青梅だが、他のクラスメイトも田島ほどはっきりとではないにしろ、思う所があると言いたそうな空気を示している。 「だから、俺はお前に文句言ってんだよ。誰かが凹んでるとき相談に乗ってくれるじゃん? 心花視で心を見るだけじゃないんだよ、青梅は。避けられるような奴じゃねーだろ」 「さっき私も教えていただきました。今の話を聞いて改めて、咲さんは凄いと思います」  周囲からの同意の声に、青梅はやりづらそうにする。 「肯定をどうもありがと。まあ、志乃ちゃんが気にしないならいいよ」  受け入れつつ、おずおずと手を上げる青梅。 「それはそれとして訂正いい? 自分で言うのもどうかなって話なんだけど、私はこういう話をしやすい立ち位置だし」  何人かには既に言ったことあるけど、と続けた。 「心花視は、そんな便利なもんじゃないんだよね。心の変化って形に出にくいからさ。ちょいと心の形をチラ見したくらいで、今気分沈んでるな、相談乗ってあげよう、とかならんわ」  無い無いと手を振って、青梅が笑う。 「気分と心は別物だからね。んで正直、メンフロ見て相談に乗らなきゃって思うなら一大事だよ。それこそカウンセリング薦めるレベル」 「心を見て判断できないなら、何で--」  思わずといった口調で尋ねかけ、幸樹は途中で気づいて言葉を切った。  青梅が幸樹を見る。その表情が曇った。 「それ聞いちゃう所がマジ花菱。自分で言うのもどうかと思うって言ってんじゃん」  いい? と言い聞かせるように青梅が幸樹に告げた。  「友達の様子に気づいて相談に乗るくらい、誰もがやっていることだよ。心が見えなくたってね」
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