友人を物理的に伸ばすだけの簡単なミッション

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 オレの友人は時々、人間じゃなくなる。  そんなヤツと毎日している、しょうもない会話。  昨日の夜から止まったままになっていた。  忙しいだとか、寝落ちたとかよくあることではある。  けど、そいつだけは『連絡が止まったら様子を見に行く』約束をしている。  いつものように、二人分の朝ごはんを手に友人の家へと向かう。  昔は同じ市内ぐらいに留めていたのだが、時間を問わず見に行かなきゃいけない。  それがついに面倒になって、同じマンションの別の階に引っ越した。  最初はあいつに隣同士の部屋を提案されたりもした。  けど、流石にそれはオレのプライベートをこれ以上奪われたくなくて却下。  今でさえ、それなりに蝕まれているとも思う。  誰が言ったか忘れたが、『専属カスタマーサービス』なんて言われたりもした。  冗談じゃない、と言い返したけど否定は出来なかった。  連絡が途絶える度、本当に大丈夫なのかとそれなりに不安になってしまう。  でなければこんな朝も早くから来なくてもいいのだ。  たまに施錠されてないので鍵がかかっているか確認する。  ガチャ、とゆっくり引っかかる感触がある。  安心しながら渡されている合鍵でドアを開けた。 「おーい?」  中に入って再び鍵をかけながら声をかける。  相手からの返事はない。  落ち着いて廊下の奥をよく見れば電気もついてない。  本当に寝落ちただけかもしれない。  たまに何事も無く、ただ二人で朝飯を食べて帰ってくるだけの時がある。 「……おーい、はいるぞ?」  靴を脱いで、専用に用意されてるスリッパに履き替える。  ゆっくりと奥に進みながら、途中にある寝室のドアを開ける。  何度も来ているせいでどこに何があるかはほとんど把握していた。  寝室の中を見ても、特に真新しいものもない。  そして、ベッドの上にも部屋の主はいない。 「ここじゃない、か」  一つ一つドアを開けて中を調べていく。  調べた場所を分かりやすくするために、扉は開けたままだ。  どこにも友人の姿はなく、ついにリビングまで来てしまった。  ――もしかして、事件か?  嫌な方向に思考が転がり始めた頃。  足元にむにゅり、と柔らかい感触が当たった。 「ヒッ」  急いで足を退けると、そこには大きめの輪ゴムが落ちていた。  友人を踏んだわけではなく、虫でもない。  ひとまずしゃがんでよく観察してみる。  幅が15cmぐらいがぐるっと繋がった野太いゴム。  これを過去に使っているのは見たことがない。  おそるおそる話しかける。  自分が毎回この瞬間、おかしな人間になっている自覚はある。  どこかに部屋主が隠れてオレの事を笑ってた、なんてこともあった。  ――あの時はしっかり羽交い絞めにしたが。 「……お前、鳴か?」 「ん……? おぉ!! 静だ!! よくきた!!」  ぽよんぽよよおんと声に合わせてゴムが楽しそうに揺れる。  軽い頭痛を覚えながら、うっすらと沸いた罪悪感が口から飛び出る。 「すまん。さっき、気づかなくて思いっきり踏んだ……」 「そうなのか?」 「気づかなかったのか?」 「寝てたからな」 「この状況で……?」  ゴムになったまま寝る。  友人が人間でなくなるだけでも、受け入れるのは時間がかかっている。  さらにヨクワカラナイことが起これば混乱もする。 「ああ。いや、すっかり動けなくなってしまったからな」 「それで……寝れるか普通?」 「お前が来てくれると信じてるからな!」  極めて明るく、かつ迷いなく告げられてなんとも言えない気持ちになる。  すごく嬉しいような。もう少し危機感を持って欲しいような。  いや、今考えるべきはそこじゃない。 「なんで今回はゴムなんだ?」 「それがな。『腰が痛いなー』と思ってな?」 「ああ、昨日メッセの中でも言ってたなそれ」  いつまでも持ちあげておくと落っことしそうだったのでひとまず机の上に置いた。  充電が無くなったのか、電源の落ちたスマホがそこにあった。  昨日そこで変身したんだろう、中途半端に引いた状態の椅子があったので腰かける。  持ってきた朝飯のサンドイッチが入った箱もその隣に奥。 「そうそう。立ち上がってぐーって伸ばしてたんだが……」 「ゴムと全く繋がらないんだが?」 「そう焦るなって。もうちょいだから」 「もうちょい、ってどこが……?」  起こすこともよくわからないが、言ってることもわからない。  これでいてれっきとした普通の人間なのが困る。  特殊能力なのか、特異体質なのか。  なんなのかは考えてみても長年わからなかった。  変な施設に連れていかれても嫌だったのでこのことはオレとこいつ。  あとはこいつの妹ぐらいしか知らない。  困惑する俺を気にせずに、ぽよよんぽよよんと机の上で軽く揺れるゴムはなんだか愉快だ。 「これさ、全身を誰かにぐーって『ゴムみたいに伸ばして貰えたら気持ちいいだろうな』って思ったわけだ」 「はいぃ?」  本当にもうちょいだった、そう思わされたのが悔しい。  オレの頭が固いのか、それともこいつが柔らかすぎるのか。  ため息が出るのも気にせず、こいつはのんきなことを言い出す。 「という事で、伸ばしてくれないか!」 「……言うと思った」  断る理由も、特にない。  というか、元に戻すにはこれしかない。  変身した時に考えていた方法で、物として使われて満足する。  たまたま幼馴染で、初回に居合わせて焦り散らかしたオレがずっとこれをしているわけだ。  そわそわしているのがなんとなくつたわるぼよんぼよんするゴムをおもむろに掴む。 「いくぞ」 「おう!」  ぐっと力を入れて両手て伸ばしていく。  もっと細いモノなら切れる心配をするところだが、これならちょっとぐらい伸ばしてもなんともなさそうだ。 「ッ……!! うお、ぉお、おお……ッ! き、もちぃい……ッ!」 「オイ。なんか変なことしてる気分なんだけど……」 「やめるなよ。伸びてるだけなんだから」 「声を抑えてくれないか」 「押さえたら戻れそうにない気がするんだ」 「……まあ、いいか。近寄らないと聞こえないしな」  もう一度力を込めて思いっきり伸ばす。  気持ちよさそうな声をなんとも言えない気持ちで聞きながら、出来る限り伸ばし切る。 「あっ」  つるっと手が滑ってバチンッと大きな音がした瞬間。  オレの前には見覚えのある男が、机に腰かけていた。 「……満足したんだな?」 「ああ、良い感じだ! 身体の凝り固まっていたところが全部伸びた感じだぞ!」 「そ。そりゃよかった」 「お前のおかげで今日も人間に戻れたぞ! 伸ばしてくれてありがとうな!」 「どういたしまして。友人が一人いなくなったら哀しいからね。あんまり気軽に変身するなよ」 「それはなぁ……俺もタイミングはそんなにわかってないからな」  何て迷惑な、と言いたい所だが。  苦笑いしてるのがわかったので飲み込むことにした。 「朝ご飯持ってきたけど、食うだろ」 「食べる! 腹減った!」 「ん、じゃあ食べようか」  立ち上がって、今度はオレが背筋を伸ばした。 「伸ばすの手伝ってやろうか?」 「いいよ、お前力加減下手だから。立場逆だったら多分オレ、とっくの昔に壊れてるよ」 「そうだなぁ……お前でよかったよ」 「そいつはどうも」  何事もなかったかのように、オレ達は椅子に腰かけてサンドイッチを口にする。  全身が程よく伸ばされたのがよほど良かったのか、最中に何度も感謝されたのだった。
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