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エベレスト
翌朝、瞼が重いままバイトへ向かう支度をしていると、垂れ流されたままのテレビから『世界各地で謎の光』と題されたニュースが流れていた。
どうやら空に飛行する発光体が目撃されており、世界中でパニックになっているという話らしい。
無駄に元気なコメンテイターはあり得もしない話しを嬉々として話している。
もし地球外生命体が存在していて地球に飛来したとしても、僕の人生にはなんら関係ないのだろう。
テレビを消して重い足取りで職場へと自転車で向かう事にした。
バイト先の『スーパーエベレスト』は、昼を過ぎると人が徐々に増え始める。
まだ三ヶ月ほどしか働いていないけれど、一つのことだけに集中していれば良いし、接客をしなくても良いのでこの仕事を気に入っている。
黙々といつもの作業を続けていると、ふいに肩に大きな手の感触がした。
「健太君どうだい?だいぶん慣れてきたんじゃないか?」
振り返ってみると、人当たりがよさそうな顔をした店長の山田さんがにこやかに立っていた。
「山田店長お疲れ様です。おかげさまで何とか」
「そりゃあ良かった。健太君のお爺ちゃん、藤原先生には世話になったからね。なにか困ったことがあればすぐに言ってくれていいからね」
山田さんは出っ張った腹を撫でながら「ところで健太君」と声を潜めて続ける。
「今週末またけん玉教室の集まりがあるんだけど、どうだい?私もまた健太君のけん玉が見たいんだよね」
期待の眼差しで見つめてくる山田さんに、すぐに返答できず考え込んでしまう。
山田さんは爺ちゃんがやっていたけん玉教室の生徒で、なかなか働き口が見つからない僕にこの仕事を紹介してくれた恩がある。
それでも、ここ数年避けてきたけん玉を人前で披露するなんて想像ができなかった。
「いやいや、無理にとかではないからね!気が向いたら私に声をかけてくれたらいいから」
「分かりました。気遣ってもらってありがとうございます」
僕の顔がどの様に見えていたのかわからない。けれども、否定的な沈黙となっていたのは確かだ。
申し訳ない気持ちと、いまだに残るわだかまりを感じながら去っていく山田さんを見送った。
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