エベレスト

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 仕事を終えて店の更衣室で制服から着替えようとしていると、騒々しくドアをノックする音が聞こえた。 「健太君!ちょっと来てもらえる?」  女性の声は焦りを含んでいて、何かあったのだとすぐにわかった。着替えが済んではいないがすぐにドアへと向かい開ける。  その声の主はパートでレジ打ちをしている清水さんで、相当焦って来たのか肩で息をして膝に手を置いていた。  非常事態が起こっているのは火を見るよりも明らかだった。 「なんかありましたか?清水さん」 「それが…なんて言って良いのか分からないんだけど、とりあえず来て貰えない?」  よほどの事なのか説明のないまま手を引かれてしまった。何が何だかわからないまま「分かりました」とだけ答え小走りで店内の方へと向かう。  清水さんの案内でスーパーの入口へと近付くにつれて、人が円を描く様に集まっている。  その騒ぎの中心に割って入っていくと、スーツを着た男に対して山田さんが声を荒げていた。 「店長の私が居ないと言ったら居ないんですよ!迷惑なんで帰ってください!」 「いやいや、こちらも親御さんに確認して調べてきていますので」  そんなやりとりの最中で山田さんと目が合う。僕の姿が目に入り慌てて取り乱すのが見てとれた。 「これってどういう状況ですか?」 「健太君!どうして…」 「え?なにがですか?」  何故か諦めた顔をしている山田さんと、難しい顔をしてこちらを見つめる黒スーツの男を交互に見てみる。 「君が藤原 健太さんですか。お騒がせして申し訳ない。私は警察の加賀(かが)と言います。少しお話しを伺って良いですか?」  加賀と名乗った男は手慣れた手つきでスーツから警察手帳を取り出して目の前にかざした。  警官というよりは刑事といった容貌で、値踏みをするような鋭い視線が突き刺さる。  何か警察の厄介になる事でもしてしまったのかと思い心当たりを探すが、もちろんそんなものはなかった。 「えっと…わかりました。少し着替えてきますので待って頂けますか?」 「いえ、緊急を要しますので出来ればすぐにでも」  まるで僕の返答など待っていないかのように、きっぱりと加賀さんは答えた。  状況がいまいち掴めないまま「車がありますので、説明はそちらで」と言う加賀さんに押し切られ連れていかれてしまう。  山田さんの顔や周りの野次馬の人たちを見ていると、僕は連行されていく容疑者のようだろう。  庶民的なスーパーの真ん前には不釣り合いな黒のセダン車が駐車されているのが分かった。  いまさら不安が込みあがり躊躇いつつも、招かれるまま助手席へと乗り込むほか選択肢がなかった。
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