とめけん

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とめけん

 一時間ほど砂煙が舞う荒野を走っただろうか。  ほどなくして大量の車両が停まった基地のような場所が現れ始めた。  フェンスで囲われテントが立ち並ぶ中、一際大きな天幕の前に車は止められた。 「いつカップボールからのアクションがあってもおかしくありません。急ぎで申し訳ないですが、早速始めましょう」 「わかりました。なんとかやってみます」  車から降りると異様な緊張感に覆われた基地内の空気が全身に伝わった。  周りからの好奇の視線はなく、厳しい面持ちの軍人達が並び立つ中を歩き天幕へと足を踏み入れた。  中は広く中央だけが筒抜けとなったドーム状のテントのようだった。  よく分からない機械を操作する人達など慌しく人が動いていて、その一人の眼鏡をかけたアメリカ人が歩み寄り加賀さんに声をかけた。 「いくつかのけん玉を用意しているそうです。いずれも日本製なのでお好きなものを選んで下さい」  加賀さんの翻訳で案内されると、長い台にはありとあらゆるけん玉メーカーのけん玉が用意されて並べられていた。 「圧巻ですね。ほんと僕が知る限りの種類が揃ってます」 「私には分かりかねますが、手に取って使い易いものを使ってください」  整然と並べられたけん玉を前にして、いくつかを手に取り懐かしむように触ってみた。  木の暖かな温もりが掌から伝る。久しぶりに手にしたけん玉は少し重い気がした。 「多少であれば練習もできるそうです。どうしますか?」  夢中になって色々なけん玉を触っていた僕に、加賀さんから声がかかった。  練習しておけば少しでも勘が取り戻せるかもしれないとも思ったが、少し悩んで加賀さんの提案を断るように頭を横に振った。  いまさら僕にできることなんて、たかが知れていると思い至ったからだ。 「このけん玉にします。いつでもいけます」 「分かりました。それでは会いに行きましょうか。けん玉星人に」  なんの変哲もない一番シンプルなけん玉を選んだ僕は、加賀さんに連れられて中央の方へと歩みを進めた。  道行く人には英語で声をかけられ、分からないながらもそれが応援の言葉だという事だけは伝わった。  この場で僕の失敗を期待する人間は誰一人いないようだ。  なんとなく、楽しくけん玉をしていたあの頃を思い出す。  糸に絡められていた過去が、徐々に解けていくような気がした。   「この先にカップアンドボールが居ます。頑張って下さい応援しています」  やがて厳重に警備された一角で、加賀さんが僕の方へと向き肩に手を乗せた。  一体けん玉星人はどんな姿をしているのだろうか。不安な気持ちと好奇心とが入り混じった、複雑な感情のまま頷き前に進む。  そういえば、どんな技を披露するのかまだ決めていない事に気が付いた。  僕は爺ちゃんから最初に教えて貰った『とめけん』にしようと、密かに心に決めた。
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