ある悲劇

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 あーあ。いつもそうなんだ。  肝心なときに限って、邪魔が入る。  ずーっと欲しかったんだ。ホラ、前に話していたヤツさ。ネットで調べて、市内を探し回って、やっと見つけた。やっと手に入れた。やっと……ホント、最後の1つだったのに。  ――ピンポーン 「山田さーん。お荷物でーす!」  安アパートの薄いドアがドンドンと叩かれる。 「山田さーん!」  チャイムを鳴らせばいいものを、配達員は再び大きな音を立ててドアを叩く。全く、近所迷惑だ。俺は、仕方なしにテーブルに手をついて、ヤレヤレと立ち上がる。 「今、開けますから!」  サッとサインして、パパッと受け取れば問題ない。たったそれだけのこと、間に合うはずだ。 「すみませんねぇ。上から、なるべく再配達にならないようにしろって言われているもんで」 「はぁ」  不機嫌顔でドアを開けると、mamason(ママソン)の小包を抱えた60代近いオッサンがニタリと黄色い歯を見せた。 「ここ、サインお願いします」  俺、ネット注文なんかしたっけ?  不審に思いつつ、空欄にサインして受け取った。 「ハイ、どーもー」  オッサンは駆け足で去って行った。ニュースで話題になっている、物流増加と配達員不足。一刻一秒たりとも無駄に出来ないのだろう。流通業界も大変だ。 「あれっ? この荷物……!」  差出人欄に印字された企業名に心当たりがなくて、改めて送り状を眺めて気が付いた。受取人名に「山口一朗」とある。俺の名前は「山田一郎」。おいおい、他人宛の荷物じゃねぇか! 「おいっ、オッサン!?」  慌ててドアを開けて外を見たけれど、目視できる範囲に配送トラックの姿はなくて。 「マジか。面倒くせぇ……」  他人宛の物がここにあることが、堪らなく心地悪い。一刻も早く回収に来て欲しい。不本意ながら居間に運び込み、スマホで配送センターに連絡する。対応係のオネーサンは、誤配送したことに平謝りしつつも、連絡したことに感謝の言葉を並べた。まぁ、マニュアル通りの応対なんだろうけど、悪い気はしない。 「全く、迷惑かけやがって……」  ゴロリと寝転がった途端、腹の虫が鳴った。……あれ? 「あーっ!!」  身を起こして、絶叫した。台所のシンクの横には、楽しみにしていたカップメンがお湯を注がれた切りポツネンと佇んでいる。もう湯気は確認出来ない。急いで蓋を開けたけれど――美味そうなエスニックの香りはそのままに、たっぷりと汁を吸った麺がカップいっぱいに膨れ上がっていた。 【了】
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