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「ねこってのびるって言うじゃん? うちのねこなんか縮むんだけど……」
友人からそういう連絡をもらって何を言っているんだとは思ったけど無類のねこ好きとしては見に行かないわけがなかった。
向かう途中で原因を頭の中で並べてみる。やっぱり一番多いのはふわふわの毛で洗うとしぼんだようになることだろうか。他にも小さな箱の中に入ってしまうとかいくつか候補を考えていると友人の家にたどり着く。
「ねこ飼い始めたの?」
「うん、なんか里親募集かかってたねこがいたから」
「それでそのねこが縮むと……ねこって流体とも言うし小さい箱とかにみっしりって感じで入っちゃうとかそういう?」
「いやそれだって体積は変わらないだろ?」
「まあそうだろうけど……でもふわふわの毛と細い身体を持つようなねこはそういう小さいものに入り込んだら縮んで見えるんじゃないか?」
「いや本当にそんなレベルじゃないしそういう話でもないんだよ、とにかく見てくれ」
そう言って友人は部屋に入ってきょろきょろとあたりを見回す。
「ああ、いた」
友人が指をさした先の棚にあるのはどう見てもねこじゃない。表面に黒い毛皮が貼り付けてあるような感じの立方体の小箱だ。大きさ的には生後半年くらいのねこならあの箱に入れるだろうかというくらい。あれがねこに見えるわけがないのに。知り合いの中で一番のねこ好きは自分だと思っていたけれどまさか友人はそれ以上のねこ好きで例えばねこが飼いたすぎてふわふわのものを何でもねこだと思い込んでしまうレベルだったのだろうか。
「おい、クロ。こっちおいで」
声をかけたって動かないだろうと思っていると、小箱の目が開いた。にゅるんという感じで棚から降りると友人の足元に寄ってきた。確かにねこだと思う。けれどあの小箱の五倍くらいの大きさになっている。
「ほら……いやまあ今は縮んだところから元に戻ったからのびたと言えなくもないかもしれないけど……」
「いや、いい。言いたいことはわかった」
棚の上をもう一度見る。猫が入っていた透明の箱でもないだろうかと端から端まで見るけれどもちろんそんなものはない。このねこは、確かに箱の形に縮んでいた。そして友人が呼ぶとねこの形に戻った……いや最初に見た形は箱だったんだから戻ったというよりなったという方が正確かもしれない。
でも自分はねこ好きと言うだけで今まで経済的理由で飼ったこともないからこんなことを相談されても何もわからない。
「クロは素早いし写真が苦手みたいでスマホ向けると逃げちゃうからこうやって見せるしかなくてさ」
「獣医とかには見せたのか?」
「ああいう風に縮むのは家の中だけみたいでさ、まあリラックスしてるってことなのかもしれないけど。いや、とりあえず外に連れてくときは今みたいにねこの形になってるし獣医さんにも元気なねこですねって言われたんだよな」
「いやそれこそレントゲンとか……身体の中は違うとか……自分で言っててホラーみたいでいやになってきたな。ホラー苦手なんだよな」
「そうだよなあ……体積が変わるのは変だもんな。でも獣医さんになんて説明すればいいんだ?」
「縮むって……ああ、そうか家の中でしか縮まないし写真にも撮れないから説明しても信じて、というか理解してもらえないのか……」
「そうそう、本当にそうなんだよ。だからとりあえず友人から頼ってみようと思ったわけ」
「とはいっても別にねこが好きなだけで知識があるわけじゃないしな……それに何も飼ったことないから獣医さんとか話したことないんだよな……」
「そうか……」
そうやって話しながら、友人の足にすり寄っているクロを見る。今はどこからどう見てもねこだ。
「クロ、クロ、お前写真苦手なのか」
そう言いながらスマホを向けてみると本当に素早くて、カメラアプリを起動するころにはどこかへ行ってしまっていた。
「クロ、どこ行った?」
友人が呼びながら探す。小箱サイズにもねこ型にもなれるくらい変幻自在ならもしかしたらどこにでも入り込めてしまうのかもしれない。
「クロ? クロ?」
自分でも呼びながら部屋中を探し回る、と本棚の後ろからまたねこの形でにゅるんと出てきた。
「ごめんな、もう写真撮ろうとなんてしないから」
そう言いながらスマホをしまって何も持っていない手をクロに見せる。クロはその手にすり寄ってきてくれる。こちらの言っていることがわかるみたいだ。賢いんだろう。
クロを撫でると毛のふわふわした感触、少し強めに触ると骨のかたい感触もちゃんとある。手触りはやっぱりねこだ。脇を持って軽く持ち上げてみる。普通のねこみたいにちゃんとのびる。
「クロものびるんだな」
「そうなんだよな、縮むのが異常だからつい誰かに話したくなっちゃうけど縮んでないときはちゃんとねこなんだよな」
クロをわしゃわしゃと撫でてみる。気持ちよかったようでごろんと寝転んでいる。
「縮むのがクロの意思でできることならのびる方もできるのかな」
ふと呟くとクロがごろんごろんと寝転んだままうごめいている。ごろんごろんと動くうちにじわじわとのびていく。頭の先としっぽの先がどんどん離れていく。頭の先から耳だった部分が見えなくなって、しっぽもいつの間にか全体的に身体と変わらない太さになっている。どんどんとのびていったクロは部屋を一周するように円を描いている。身体の太さは変わってない以上今度は体積が増えているんだろう。
クロの動きが少し止まった、と思うと今度は膨らんでいく。のびるのの数倍の速さで膨らんでいってこちらは動くタイミングを見失ったまま動けなくなっていく。
「クロ、クロ? 止まって」
「止まってくれ」
その声は全く届いていないみたいでどんどんと膨らんだクロに押しつぶされてもう息もできない。
最後に知覚できたのは何かが破裂する感覚だった。
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