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「…それは、一体、どういう…」
「…伸明は、奥手…そして、それは、同時に、慎重ということ…」
「…慎重?…」
「…常に用心深い…だから、女遊びもできない…」
「…」
「…だから、本当に、相手が、信頼できるか、否か…検討する…」
「…」
「…そして、仲が良い、藤原さんが、寿さんを、信頼しているから、自分も、安心して、寿さんを、好きになれる…そういうことだと、思う…」
和子が、伸明の心の内を喝破した…
これまで、考えたことのない、伸明の心の内を、晒した…
同時に、これは、真実…
本当のことだろうか?
考えた…
が、
おそらく、真実に違いない…
本当のことに、違いない…
なぜなら、この和子は、伸明を子供の頃から、知っている…
だから、どんな性格か、知っているに違いない…
そう、思った…
そう、考えた…
そして、たしかに、和子の言うことも、一理あると、思った…
伸明とナオキは、仲がいい…
傍目から見ても、ウマが合う…
だから、ナオキが、信頼している私だから、安心して、好きになれる…
そういうことだ…
自分が、信頼する相手が、信頼しているから、自分も安心して、好きになれる…
なんだか、面倒臭いというか…
たしかに話は、わかるが、なんだかなと、思う(苦笑)…
だが、それも、わかる…
五井の本家に生まれた者だ…
ひとが、寄ってくる…
だから、自分の身は、自分で守らなければ、ならない…
だから、慎重になる…
だから、用心深くなる…
だから、自分の信頼できる相手のお墨付きを選べば、安心できる…
そういうことだからだ…
私は、思った…
私は、考えた…
すると、和子が、
「…後は、寿さんの気持ち次第…」
と、告げた…
「…エッ? …私の気持ち?…」
「…そう、寿さんの気持ち…そして、伸明の気持ち…」
「…伸明さんの気持ち…」
「…結婚って、タイミングなのよ…」
「…タイミング?…」
「…ほら、男と女が付き合うでしょ? …でも、例えば、男でも、女でも、一方は、結婚したいと、思うけれども、もう一方は、まだ結婚したくないと、思う…よくあることでしょ?…」
「…ハイ…」
「…だから、すれ違いというか…結婚できない…」
「…」
「…だから、お互いの気持ちが、一致することが、大事…そもそも、片方が、結婚したくても、もう片方が、結婚したくないなら、結婚できるはずがないでしょ?…」
「…ハイ…」
「…今、伸明は、結婚したいと、思っている…五井の当主になり、そろそろ、身を固めたいと思っている…」
「…」
「…そして、それは、寿さんも同じ…」
「…私も同じ? …どう、同じなんですか?…」
「…結婚したいと、思っている…」
「…」
「…だから、二人とも、結婚するタイミングとしては、ちょうどいい…」
「…ちょうど、いい?…」
「…そう、ちょうど、いい…」
和子が、笑った…
「…だから、寿さんも、このチャンスを逃さないこと?…」
「…エッ?…」
「…お互いの気持ちが一致することなんて、滅多にない…だから、逃さないこと…」
和子が、力を入れる…
そして、その後は、和子と、たわいもない話をして、別れた…
病室を出た…
病室を出るときに、またも、病室の入り口に立っている、屈強なボディーガード二人に、挨拶した…
「…失礼します…」
と、言って、挨拶した…
二人は、揃って、私に頭を下げた…
そして、そのとき、どうして、この二人は、ここにいるのだろ?
と、思った…
あらためて、思った…
以前は、この病室に、伸明がいた…
五井の当主がいた…
伸明が、隠れていたのだ…
そもそも、なぜ、隠れるのか?
それが、謎だった…
伸明が、ナオキ同様の脱税の疑いで、訴えられた…
が、
ナオキは、逮捕され、伸明は、追徴課税だけで、すんだ…
それは、五井の力…
いみじくも、和子が指摘したように、五井は、警察官僚の天下り先の一つ…
警察を定年退職した警察官僚のお偉いさんを、大勢、年間一億円を優に超える年収で、雇っている…
だから、伸明は、逮捕されない…
一方、ナオキは、逮捕された…
それが、警察官僚を天下り先に迎えた五井の力…
仮に、FK興産で、退職した警察官僚を雇っても、当然のことながら、五井のように、大勢は、雇えない…
だから、一人二人、警察から、天下り官僚を迎えても、ナオキは、やはり、逮捕されたに違いない…
私は、そう、思った…
私は、そう、考えた…
そして、同じように考えるマスコミが、いても、おかしくはない…
だから、マスコミ対策のため、伸明は、あの病室に隠れた…
あの病室に引きこもった…
が、
本当にそれだけだろうか?
本当に、それだけの理由だけだろうか?
あらためて、そう、気づいた…
そして、家路につきながら、今さらながら、和子と、肝心の話をしていないことに、気づいた…
肝心の話とは、FK興産のこと…
そもそも、FK興産を今後、どうするのか?
藤原ナオキを今後、どう処遇するのか?
肝心の話を一切していなかった…
あらためて、そう、思った…
あの長井さん…
五井長井家のお嬢様のことが、第一になり、それにすっかり翻弄された…
だから、いつのまにか、五井長井家の処遇が、話の中心になり、その話題に振り回された…
そう、気づいた…
つまりは、和子のペースに引きずられたとも言える…
和子のペースに乗って、振り回されたとも言える…
そして、それは、やはり、格の違い…
私と和子の格の違いだと、気づいた…
初めは、五井長井家の話…
それが、終わると、いつのまにか、伸明の話になり、私との結婚の話になった…
当然、私は、その話に食いついた…
なにしろ、私の結婚の話だ…
食いつくのが、当然だ(笑)…
だから、すっかり、質問をするのを、忘れた…
つまりは、終始、初めから、終わりまで、あの和子に振り回された…
あの和子のペースに乗って、話をしていたに、過ぎなかった…
今さらながら、そのことに、気づいた…
が、
それを、悔やんでも、仕方がない…
なにしろ、格が、違う…
私と和子では、格が違う…
私が、どうしようと、和子に立ち向かえるはずがない…
和子に勝てるわけが、ないからだ…
だから、納得した…
自分自身の行動に納得した…
自分自身の振る舞いに納得した…
が、
当然、納得できない者も、いる…
私と同じような立場でも、納得できない者がいる…
それが、ユリコだった…
藤原ユリコだった…
FK興産社長の藤原ナオキの前妻、ユリコだった…
私は、今さらながら、それを、思った…
それを、考えた…
いみじくも、そのユリコから、その夜、電話があった…
私が、長井さんと和子と会った日の夜に電話があった…
私は、その夜、疲れ切って、ベッドで、寝入っていた…
やはり、外出が、カラダの負担になっていたのだろう…
和子や長井さんと、会っているときは、それほど、負担に感じなかったが、いざ、夜になって、ベッドに横になって、寝てみると、思いのほか、熟睡した…
きっと、和子や長井さんと、いるときは、気が張っていたから、体調に問題がなかったのだろう…
病は、気からという、言い古された言葉が、あるが、やはりというか、無意識でも、気が張っていると、少々、体調が悪いときでも、カバーができる…
もちろん、体調が、悪過ぎるときは、気力で、どうこうなるものではない…
しかしながら、少々、悪い程度なら、気力でカバーできる…
気力=気の持ちようで、カバーできる…
今さらながら、そう、思った…
だから、長井さんと和子と会っている昼間は、問題なかったが、いざ、夜になって、ベッドで、横になると、熟睡した…
いや、
爆睡した(苦笑)…
だから、今さらながら、昼間は、疲れた…
あの和子と、長井さんを相手にして、疲れたとも、思った…
なぜなら、こんなに、気持ちよく、眠れたのは、久しぶりだったからだ…
実に、気持ちよく眠れた…
が、
そんな気持ちよく眠れている最中に、どこかで、音がした…
それで、目が覚めた…
いや、
音が、鳴っている最中に、渋々、目が覚めたと言えば、いいのか…
どこかで、なにか、音がしている…
そんな認識で、目が覚めた…
いわば、夢の続きというか…
現実と、夢の中の区別が、つきづらかった(苦笑)…
私は、目が覚めると、急いで、家の電話を見た…
それは、固定電話…
珍しく、家の電話だった…
家の電話は、いつも、留守電にしている…
その方が、都合が良いからだ…
近頃は、オレオレ詐欺も、多い…
実に、多い…
だから、とりあえず、留守電にしておく…
そして、留守電に入れたメッセージを聞いて、それから、相手に、電話をかける…
だから、この夜も、まずは、留守電に入れてあったメッセージを聞いた…
留守電を入れた相手は、ユリコだった…
私は、一体、ユリコが、なんの用事だろうと、思いながら、メッセージを聞いた…
「…寿さん? …ユリコ…藤原ユリコです…夜分、遅く申し訳ありません…」
…エッ?…
…ユリコさん?…
一体、なんだろ?
こんな時間に?
私は、思った…
そして、時間を見た…
夜の十一時を回っている…
さすがに、他人様の家に電話をする時間ではない…
私は、思った…
同時に、考えた…
ユリコは、たしかに、嫌いだが、常識のない人間ではない…
一般的な常識やマナーに欠ける人間では、ないということだ…
なにより、そんなマナーに欠ける人間では、誰も相手にしない…
ユリコは、以前、投資ファンドの代表だった…
もちろん、頭もあるが、一般的なマナーも、持っている…
常識を持っているということだ…
だから、そんな常識のある、ユリコが、一体、なんで、こんな時間に電話をくれたのか?
俄然、興味が出てきた…
だから、耳を澄ませて聞いた…
ユリコが、なにを言い出すのか?
耳を澄ませて、聞いた…
すると、
「…やられた…」
と、電話から、メッセージが流れた…
…やられたって、一体、なにをやられたんだろ?…
私が、考えていると、
「…あの五井の女狐にやられた…」
と、実に、悔しそうな声で、続いた…
それから、
「…たぶん、私は、逮捕される…」
と、続けた…
<続く>
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