伸明 41

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「…それは、一体、どういう…」 「…伸明は、奥手…そして、それは、同時に、慎重ということ…」 「…慎重?…」 「…常に用心深い…だから、女遊びもできない…」 「…」 「…だから、本当に、相手が、信頼できるか、否か…検討する…」 「…」 「…そして、仲が良い、藤原さんが、寿さんを、信頼しているから、自分も、安心して、寿さんを、好きになれる…そういうことだと、思う…」 和子が、伸明の心の内を喝破した… これまで、考えたことのない、伸明の心の内を、晒した… 同時に、これは、真実… 本当のことだろうか? 考えた… が、 おそらく、真実に違いない… 本当のことに、違いない…  なぜなら、この和子は、伸明を子供の頃から、知っている…  だから、どんな性格か、知っているに違いない…  そう、思った…  そう、考えた…  そして、たしかに、和子の言うことも、一理あると、思った…  伸明とナオキは、仲がいい…  傍目から見ても、ウマが合う…  だから、ナオキが、信頼している私だから、安心して、好きになれる…  そういうことだ…  自分が、信頼する相手が、信頼しているから、自分も安心して、好きになれる…  なんだか、面倒臭いというか…  たしかに話は、わかるが、なんだかなと、思う(苦笑)…  だが、それも、わかる…  五井の本家に生まれた者だ…  ひとが、寄ってくる…  だから、自分の身は、自分で守らなければ、ならない…  だから、慎重になる…  だから、用心深くなる…  だから、自分の信頼できる相手のお墨付きを選べば、安心できる…  そういうことだからだ…  私は、思った…  私は、考えた…  すると、和子が、  「…後は、寿さんの気持ち次第…」  と、告げた…  「…エッ? …私の気持ち?…」  「…そう、寿さんの気持ち…そして、伸明の気持ち…」  「…伸明さんの気持ち…」  「…結婚って、タイミングなのよ…」  「…タイミング?…」  「…ほら、男と女が付き合うでしょ? …でも、例えば、男でも、女でも、一方は、結婚したいと、思うけれども、もう一方は、まだ結婚したくないと、思う…よくあることでしょ?…」  「…ハイ…」  「…だから、すれ違いというか…結婚できない…」  「…」  「…だから、お互いの気持ちが、一致することが、大事…そもそも、片方が、結婚したくても、もう片方が、結婚したくないなら、結婚できるはずがないでしょ?…」  「…ハイ…」  「…今、伸明は、結婚したいと、思っている…五井の当主になり、そろそろ、身を固めたいと思っている…」  「…」  「…そして、それは、寿さんも同じ…」  「…私も同じ? …どう、同じなんですか?…」  「…結婚したいと、思っている…」  「…」  「…だから、二人とも、結婚するタイミングとしては、ちょうどいい…」  「…ちょうど、いい?…」  「…そう、ちょうど、いい…」  和子が、笑った…  「…だから、寿さんも、このチャンスを逃さないこと?…」  「…エッ?…」  「…お互いの気持ちが一致することなんて、滅多にない…だから、逃さないこと…」  和子が、力を入れる…  そして、その後は、和子と、たわいもない話をして、別れた…  病室を出た…  病室を出るときに、またも、病室の入り口に立っている、屈強なボディーガード二人に、挨拶した…  「…失礼します…」  と、言って、挨拶した…  二人は、揃って、私に頭を下げた…  そして、そのとき、どうして、この二人は、ここにいるのだろ? と、思った… あらためて、思った… 以前は、この病室に、伸明がいた… 五井の当主がいた… 伸明が、隠れていたのだ… そもそも、なぜ、隠れるのか? それが、謎だった… 伸明が、ナオキ同様の脱税の疑いで、訴えられた… が、 ナオキは、逮捕され、伸明は、追徴課税だけで、すんだ… それは、五井の力… いみじくも、和子が指摘したように、五井は、警察官僚の天下り先の一つ… 警察を定年退職した警察官僚のお偉いさんを、大勢、年間一億円を優に超える年収で、雇っている… だから、伸明は、逮捕されない… 一方、ナオキは、逮捕された… それが、警察官僚を天下り先に迎えた五井の力… 仮に、FK興産で、退職した警察官僚を雇っても、当然のことながら、五井のように、大勢は、雇えない… だから、一人二人、警察から、天下り官僚を迎えても、ナオキは、やはり、逮捕されたに違いない… 私は、そう、思った… 私は、そう、考えた… そして、同じように考えるマスコミが、いても、おかしくはない… だから、マスコミ対策のため、伸明は、あの病室に隠れた… あの病室に引きこもった… が、 本当にそれだけだろうか? 本当に、それだけの理由だけだろうか? あらためて、そう、気づいた… そして、家路につきながら、今さらながら、和子と、肝心の話をしていないことに、気づいた… 肝心の話とは、FK興産のこと… そもそも、FK興産を今後、どうするのか? 藤原ナオキを今後、どう処遇するのか? 肝心の話を一切していなかった… あらためて、そう、思った… あの長井さん… 五井長井家のお嬢様のことが、第一になり、それにすっかり翻弄された… だから、いつのまにか、五井長井家の処遇が、話の中心になり、その話題に振り回された… そう、気づいた…  つまりは、和子のペースに引きずられたとも言える…  和子のペースに乗って、振り回されたとも言える…    そして、それは、やはり、格の違い…  私と和子の格の違いだと、気づいた…  初めは、五井長井家の話…  それが、終わると、いつのまにか、伸明の話になり、私との結婚の話になった…  当然、私は、その話に食いついた…  なにしろ、私の結婚の話だ…  食いつくのが、当然だ(笑)…  だから、すっかり、質問をするのを、忘れた…  つまりは、終始、初めから、終わりまで、あの和子に振り回された…  あの和子のペースに乗って、話をしていたに、過ぎなかった…  今さらながら、そのことに、気づいた…  が、  それを、悔やんでも、仕方がない…  なにしろ、格が、違う…  私と和子では、格が違う…  私が、どうしようと、和子に立ち向かえるはずがない…  和子に勝てるわけが、ないからだ…  だから、納得した…  自分自身の行動に納得した…  自分自身の振る舞いに納得した…  が、  当然、納得できない者も、いる…  私と同じような立場でも、納得できない者がいる…  それが、ユリコだった…  藤原ユリコだった…  FK興産社長の藤原ナオキの前妻、ユリコだった…  私は、今さらながら、それを、思った…  それを、考えた…  いみじくも、そのユリコから、その夜、電話があった…    私が、長井さんと和子と会った日の夜に電話があった…  私は、その夜、疲れ切って、ベッドで、寝入っていた…  やはり、外出が、カラダの負担になっていたのだろう…  和子や長井さんと、会っているときは、それほど、負担に感じなかったが、いざ、夜になって、ベッドに横になって、寝てみると、思いのほか、熟睡した…  きっと、和子や長井さんと、いるときは、気が張っていたから、体調に問題がなかったのだろう…  病は、気からという、言い古された言葉が、あるが、やはりというか、無意識でも、気が張っていると、少々、体調が悪いときでも、カバーができる…  もちろん、体調が、悪過ぎるときは、気力で、どうこうなるものではない…  しかしながら、少々、悪い程度なら、気力でカバーできる…  気力=気の持ちようで、カバーできる…  今さらながら、そう、思った…  だから、長井さんと和子と会っている昼間は、問題なかったが、いざ、夜になって、ベッドで、横になると、熟睡した…  いや、  爆睡した(苦笑)…  だから、今さらながら、昼間は、疲れた…  あの和子と、長井さんを相手にして、疲れたとも、思った…  なぜなら、こんなに、気持ちよく、眠れたのは、久しぶりだったからだ…  実に、気持ちよく眠れた…  が、  そんな気持ちよく眠れている最中に、どこかで、音がした…  それで、目が覚めた…  いや、  音が、鳴っている最中に、渋々、目が覚めたと言えば、いいのか…  どこかで、なにか、音がしている…  そんな認識で、目が覚めた…  いわば、夢の続きというか…  現実と、夢の中の区別が、つきづらかった(苦笑)…  私は、目が覚めると、急いで、家の電話を見た…  それは、固定電話…  珍しく、家の電話だった…  家の電話は、いつも、留守電にしている…  その方が、都合が良いからだ…  近頃は、オレオレ詐欺も、多い…  実に、多い…  だから、とりあえず、留守電にしておく…  そして、留守電に入れたメッセージを聞いて、それから、相手に、電話をかける…  だから、この夜も、まずは、留守電に入れてあったメッセージを聞いた…  留守電を入れた相手は、ユリコだった…  私は、一体、ユリコが、なんの用事だろうと、思いながら、メッセージを聞いた…  「…寿さん? …ユリコ…藤原ユリコです…夜分、遅く申し訳ありません…」  …エッ?…  …ユリコさん?…  一体、なんだろ?  こんな時間に?  私は、思った…  そして、時間を見た…  夜の十一時を回っている…  さすがに、他人様の家に電話をする時間ではない…  私は、思った…  同時に、考えた…  ユリコは、たしかに、嫌いだが、常識のない人間ではない…  一般的な常識やマナーに欠ける人間では、ないということだ…  なにより、そんなマナーに欠ける人間では、誰も相手にしない…  ユリコは、以前、投資ファンドの代表だった…  もちろん、頭もあるが、一般的なマナーも、持っている…  常識を持っているということだ…  だから、そんな常識のある、ユリコが、一体、なんで、こんな時間に電話をくれたのか?  俄然、興味が出てきた…  だから、耳を澄ませて聞いた…  ユリコが、なにを言い出すのか?  耳を澄ませて、聞いた…  すると、  「…やられた…」  と、電話から、メッセージが流れた…  …やられたって、一体、なにをやられたんだろ?…  私が、考えていると、  「…あの五井の女狐にやられた…」  と、実に、悔しそうな声で、続いた…  それから、  「…たぶん、私は、逮捕される…」  と、続けた…                <続く>
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