絡みつく蔓の如く

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「はあ……」 「どうしたの? ため息なんかついて」 「最近ちょっとね」 「何かあったの?」 「実は、息子のことでちょっと」 「息子くんのこと?」 「うん。最近、学校の成績が伸び悩んでてね」 「ああ、なるほど。でも、息子くんってまだ10歳ぐらいでしょ?  そんなに気にしなくても良いんじゃないの?」 「そうも言ってられないのよ。中学受験させるつもりだから、  今のうちから勉強に躓いているようじゃ先が思いやられるのよね」 「塾には行かせてるの?」 「一応ね。でも、あんまり効果は無いみたい。  親として出来ることはやってるつもりなんだけど……」 「そうなんだ。じゃあ、後は神様からの後押しだけね」 「そんな都合のいいものがあれば苦労しないんだけど」 「あるよ」 「え?」 「あなたと私の仲だから、特別に良いことを教えてあげる」 「え? 何?」 「神秘のトケイソウ」 「トケイソウって、植物の?」 「ええ、そうよ」 「なんだっけ、蔓がくるっとしててよく伸びるやつよね」 「そうね。最近、ご近所さんの庭でよく見かけるでしょ?  時計みたいな形をした変わった花が咲いてるの」 「え? ああ、言われてみればそうかも」 「あれは神秘のトケイソウといって、特別なものなの」 「どういうこと?」 「トキガミ様の祝福を受けた特別なトケイソウなの。  やがて花が咲いて実が成るんだけど、  その果実を食べるとありとあらゆる願い事が叶うのよ」 「何それ。そんなことある?」 「信じられないって思うのも当然よね。でも、本当なの。  あなたの隣のタナカさん、神秘のトケイソウの実を食べてから  旦那さんの仕事の成績が急速に伸びてお給料もかなり上がったんですって」 「そうなの?」 「お向かいのサトウさんは、高額の宝くじが当たって借金を帳消しにできたそうよ」 「そんなことが……」 「二軒隣のスズキさんは、娘さんが結婚できないことに悩んでたけど、  神秘のトケイソウのお陰で良い縁談に恵まれたの」 「そう言えばあそこの娘さん、ずっと結婚には興味ないって言ってたけど  半年ぐらい前に急に結婚してたわ……」 「ね? 神秘のトケイソウの力は……いいえ、トキガミ様の力は本物なの」 「そのトキガミ様って何?」 「トキガミ様は神から特別な力を授かった御方。  私たち『光の遣い』を導いて下さってるのよ。  沢山の人々に幸福を与える為に日々活動してるの。  神秘のトケイソウもその活動の一環として、トキガミ様が拵えてくれたのよ」 「そうなんだ」 「私もトキガミ様のお手伝いをする身として、  困っている人に神秘のトケイソウを紹介しているの。ねえ、あなたもどう?」 「え? ええと……それってタダってわけじゃないのよね」 「そりゃあね。トキガミ様が魂を削って拵えてくれてるんだから」 「そうよね」 「本当は20万円するところだけど、あなたは私の大切な友人として  特別に10万円にしてあげる。ね? 良いでしょ?  これで息子くんの成績も伸びること間違いなしよ。  それだけじゃないわ。旦那さんの営業成績も伸びてお給料も上がるわよ。  皆んなが豊かで幸せになれるのよ」 「そ、そこまで言うなら……」 「あの、ちょっと良いですか?」 「え? 何なのあなた達」 「○○署の者です。あなたに詐欺の共謀罪の容疑がかかっています。  署まで一緒に来て頂けますか?」 「詐欺? 何も身に覚えが無いんですけど」 「『トキガミ様』を自称する男と共になんてことはない普通の植物を高額で売って利益を得てましたよね?」 「それは誤解よ。私はトキガミ様から頼まれて、皆んなが幸せになれるようにお手伝いをしてただけで……」 「何件も被害届が出されてるんですよ。まあ、詳しい話は署で聞かせてもらいます」 「そんな……! 私は皆んなの幸せを思って……」 「はいはい。とにかくパトカーに乗ってください」 喚く彼女を中に押し込めて、パトカーは走り去っていった。 「……ふう」 「お疲れ様」 「あら、タナカさん」 「話を引き伸ばしてくれたお陰であの詐欺女を捕まえることが出来たわ」 「本人に詐欺の自覚は無かったみたいだけど」 「ああ、目が本気だったからね。あの何とかっていう怪しい新興宗教みたいなやつに本気で夢中になってたんでしょうね」 「トキガミ様、だっけ」 「そうそう、それ」 「でもまあ、ゴミ出しついでの世間話の途中で逮捕されるなんて本人は思ってもなかったでしょうね」 「旦那さんも気の毒にね。これからどうなるのかしら」 「さあね。トキガミ様とやらに助けを求めれば良いんじゃない?」 「あはは。今こそ自分で神秘のトケイソウを育てろって話よ」 「トケイソウはねえ、庭で育てるのはちょっと厄介なのよ」 「そうなの? 何で?」 「とにかく強いの。後、めちゃくちゃ増える。  蔓が所構わず伸びるもんだから、油断してたらまあ増えるのよ。  お陰で庭は蔓地獄になるし、他の花は枯れるし、取り除くのも面倒だし。  まあ、私はおすすめしないかな」 「そうなの? うちの庭、もう何本か花が咲いてるよ。どうしよう」 「放っておいたら間違いなく増えるよ」 「困ったなあ。あんなもの、もう見たくもないのに」 「あんな話に乗るからでしょ。トケイソウ自体に罪は無いよ」 「それは分かってるけど」 「とにかく、今度こそ変な誘いに乗らないように気を付けなさいよ」 「はいはい」 私の苦言に頷きつつも、タナカさんは拗ねた子供のような顔をしていた。 この様子だと、また似たような詐欺に引っかかりそうだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加