僕はあくまで君を……

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「初めまして、今日から隣に引っ越してきました。渡仲 想(となか そう)と言います」 そう名乗った彼は、何処か不思議な空気を纏っていた。 「黒原(くろはら)です、それと彼女の由梨(ゆり)です」 そう言って隣に立つ彼女の背中を触れると、由梨はにこりと笑って会釈をした。 「あのこれ、つまらないものですが」 渡仲さんから紙袋を受け取り頭を下げると、今度は由梨が口を開いた。 「あの……少しいいんですか?」 すると彼は不思議そうな顔になったが、快く頷いてくれた。 「さっきネットで見たんですけど、グーの形って人それぞれなんですって。だから、ほんとなのかちょっと確かめてみたくて。渡仲さんのグーの形を見せてもらってもいいですか?」 由梨の変な頼みごとに、僕の頭にクエスチョンマークが浮かんだけど。 渡仲さんは優しく笑いながら、由梨の頼みに付き合って、手をグーの形にしてくれた。 「あ、親指が上に来るタイプなんですね。ありがとうございます」と言った彼女に、彼は「いえいえ」と答える。 今度はこちらに向いて「(まこと)くんもやって」と由梨が言うので、僕はグーの形を作った。 「誠くんは人指し指に親指を添えるタイプなんだね。私はこうなの~」と由梨は手のひらを僕たちに見せて、まず親指が折り、それを包むように残りの指を折った。 「へぇ、初めて見ました」と渡仲さんは言った。 「いつもこんな感じで、好奇心旺盛で子供みたいなんですよ」と僕が言うと、隣で「子供は誠くんの方でしょ? この間、本を読みながら寝ちゃってたし!」と由梨は僕を睨んだ。 いつもと様子が違う彼女に僕がびっくりしていると、渡仲さんは「仲良しですね」と苦笑気味に笑ってくれた。 「私、帰国子女だから英語話せるのに。子供とか失礼って思いません?」と渡仲さんに同意を求める由梨。 「ごめん由梨、そんなに怒るなんて思わなかったから」 そう僕が言うと、「うるさい! うたた寝をする人!」と彼女は頬を膨らませた。 意味が分からない。 一体、今日の由梨はどうしてしまったんだ。 まぁ、由梨が怒るのも仕方ない。 だってもう三ヶ月、この家から出してないんだから。 ストレスが溜まっているんだろう。 渡仲さんが隣の部屋へと帰ったあと、僕はドアを閉めて鍵を掛けて、リビングに向かうとソファに寝転がっている由梨を見つけた。 こちらに伸ばした足の片方には、僕が結びつけた赤い紐がついていた。 ソファの後ろにある壁に、打ち付けた釘と繋がっていて、きつく結びつけてあと、強力な接着剤で簡単には外せないようになっている。 由梨には傷ついて欲しくないんだ。
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