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気づいたら二年も続いていた嫌がらせは、五年生の春になったら終わった。
彼が僕の前に現れたからだ。
倉本 和司、和司は僕のヒーローだった。
僕と違って力が強くて優しい和司は、いつもあいつらから助けてくれた。
夏になりプールの授業の日、和司が服を脱ぐと背中には傷痕があった。
どうしたのか訊いてみると、父親だった奴に付けられたと答えた。
痛々しい傷痕に少し心配になったけれど、和司は「格好いいだろ~」と八重歯を見せて笑ったので感心した。
和司が強い理由が、なんとなく分かった気がした。
しかしそれから数日後、あいつらが和司に「気持ち悪い」と吐き捨てた。
それを聞いた和司は、一瞬だけ顔を曇らせたけど、気にしてない素振りで僕に優しい笑みを浮かべた。
だから僕の方が我慢できなくなって、柄にもなく怒鳴り声を上げながら、あいつらに殴りかかった。
放課後の帰り道。
「ありがとな、俺のために怒ってくれて」
「返り討ちにされたけどね……」
「いやいや、誠が怒ってくれたのが俺は嬉しいんだよ」
「え?」と立ち止まる僕に、彼はいつものように八重歯を見せて笑った。
その瞬間、自分が弱さやあいつらへの恨みと、和司の格好良さに思わず泣いてしまった。
「誠……⁉ どうした⁉ 殴られたところが痛いのか⁉」と慌てる和司。
僕は首を横に振りながら「和司、格好良すぎるよ……」と褒めると、和司は眉間に皺を寄せ、大きく口を開いて「はぁ?」と言った。
母さんが仕事で遅くなるときは、和司の家で夕食を食べたりもした。
和司のお母さんも夜遅くまで仕事だったから、二人で夕食を食べたときいつもより美味しく感じた。
夏休みの宿題も二人で終わらせたし、ハロウィンもクリスマスも二人で楽しんだ。
まさか彼が死ぬだなんて、思ってもみなかった。
道路に広がる赤い血溜まりと、動かなくなった和司。
誰か早く助けて、助けないと和司が死んじゃうよ。
なんて言葉が頭に浮かぶのに、全身が硬直して動けなかった。
不思議と涙は出なくて、ただ呆然と立ち尽くして見ていた。
そう僕ははっきりと見ていた。
僕をいじめていたあいつらが、和司を道路に突き飛ばすところ。
そのことを警察に話したが、付近にあった防犯カメラにはその様子は映っていなかった。
ちょうどカメラの死角になっていたからだ。
でも和司を轢いた車にはドライブレコーダーがついていて、そこには突き飛ばす瞬間がはっきりと映っていた。
あいつらはしっかりと罰を受けたけど、僕は納得できなかった。
なんで優しい和司が……、なんで僕を守ってくれた和司が……。
死ぬだなんておかしいだろ……。
いつも笑って、いつも僕を助けてくれたヒーロー。
警察署内で遠吠えをするように泣き叫んだ。
肺から空気がなくなったら、また吸い込んで勢いよく吐き出した。
息が苦しくても、心臓がばくばくと鳴っても、どうでも良かった。
出来るだけ鮮明に和司の顔を思い出した。
和司がいつも浮かべていた。
八重歯を見せて笑った時の顔を………。
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