- 壹 - 迎えを待つ

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 普段ならうるさいほどに世話をやく侍女たちも、部屋の隅にかしずいているだけで、誰ひとり、近づこうとはしなかった。  理由は、はっきりしている。  沐浴を済ませた後は自分たちの女主人ではなく、あくまで、帝ただひとりのものとされるせいだ。  そうなると、彼以外の人間が触れることは許されない。  ただ、ひとりだけ例外があった。  皇帝の住む主宮の寝室まで、后妃を背負って送り届ける役目の宦官だ。  綉葩の場合、それを担当しているのが、煕佑だった。  昔なら、皇帝が后妃たちそれぞれの住む宮へと、表の路を輿(こし)(かよ)ったそうだ。  しかし三代前の寛治帝の時に待ち伏せ事件が起こり、死にかけるほどの大怪我を皇帝が負った。  それ以来、用心のために后妃たちのほうから、主宮へ直接通じる裏の廊下を使い、帝の寝所へと参じる方式に変わったという。  しかし、それにはひとつ問題があった。  実は后妃たちは、自力でまともに歩くことができない。  後宮へ入るときに通過儀礼として、足の前半分の部分を切られてしまうせいだ。  そのため后妃たちが移動するときには、必ず他人の力や専用の道具が必要となる。  小さな足が美しいとされるうえ、移動に輿や人を使う者こそ高貴だとされるので、自分で歩くための足は必要ない、という理論だった。  だが本当は……。 (後宮から、逃げ出すことができないようにするためではないのか)  綉葩はそんな風に考えたこともある。
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